menu

脚本家を養成する
シナリオ・センターの
オンラインマガジン

シナリオ・センター
背のびしてしゃれおつ

スタッフが行く、表参道スポット
背のびしてしゃれおつ

しゃれおつなお店や人々が行きかう街、表参道。そこで働くシナリオ・センタースタッフの見たもの触れたものをご紹介します。

柏田講師に聞く!【突撃インタビュー!125期シナリオ作家養成講座・柏田講師編・前篇】

シナリオ・センターの新井です。
昨年から不定期にUPしている
突撃インタビュー。第8回目は、125期シナリオ作家養成講座の講師を担当する柏田講師です。「武士の家計簿」や「武士の献立」の映画の脚本や、12/4(金)、5(土)に放送のBS朝日開局15周年記念大型時代劇スペシャル「大江戸事件帳~美味でそうろう~」の原作・脚本など、活躍中の講師でもあります。

でも、シナリオを書き始めた時、ものすごい自信があったわけではないようです。そういう意味では、「自分と同じだな」と思われる方もいるかもしれませんね。前篇では、シナリオを学ぶきっかけを伺っています。後編は、柏田流の創作時間の確保術も取り上げます。お楽しみに!

 

 

見込みは全くなかったですね。才能もないだろうけど、とりあえず「やってみよう」と思いました。
大学は日本文学科だったから、文章を書くという点では、「少しはシナリオに通ずるかな」とは思ったぐらいですね。

 

20151002b

 

新井

柏田さんは、すごい若いときからシナリオ・センターにいらっしゃるというイメージがあるんですが、
やっぱり、昔からシナリオ書いていたんですか?

柏田

 

本格的に書き始めたのはシナリオ・センターに入ってからだから、25.6歳の時ですね。

 

新井

 

そんなに早くはないんですね。
学生の頃から、書かれていたとイメージしていました。

 

柏田

昔から映画は好きで沢山見ていたけど、実際にシナリオを書いたのは大学の時、実家に帰省した時の一回だけですね。
「寅さん」のシナリオがキネマ旬報に載ってて、それを見ながら書きました。コンクールにも出したけど、1次しか通らなくて。「付け焼き刃でシナリオ書いてもダメだな」と。

新井

 

「付け焼刃ではダメだな」と。
そのときに、どこか学校とかに通おうとか思われなかったんです
か?

 

柏田

 

思わなかったですね。シナリオを「才能が必要なんだろうな」と思っていましたから。それ以上書いてみようとは思いませんでした。

書くのは諦めて、マスコミや出版関連の仕事に就職しようと思ったんですけど、オイルショックの影響もあって就職難で。結局、全く関係ない会社に入りましたけど、一年半で辞めまして。

 

新井 

どうして会社を辞められたんですか?

柏田

 

サラリーマンは向いていないと思いましたから。
朝早いし、忙しくて映画見る時間もないし、上司と酒飲むとかそういうのね…すごい面倒くさくて、いやでした(笑)

 

新井

(笑)。まあ、気持ちは分かりますけど。
ちゃんと「次に何かしよう」と決めていたから辞められたんですか?

柏田

 

いや、何もありませんでした(笑)

 

新井

(笑)

柏田

 

それからは今でいうフリーターですよね。
その時に一度自分を振り返って「やっぱり、映画関連の仕事がしたい」と思って、原宿でアルバイトしながら、シナリオ・センターの作家養成講座に通うことにしたんです。

 

20151002a

 

新井

でも、一度書くことは挫折されているじゃないですか、
「やれそう」という見込みはあったんですか?

柏田

 

見込みは全くなかったですね。才能もないだろうけど、とりあえず「やってみよう」と思いました。
大学は日本文学科だったから、文章を書くという点では、「少しはシナリオに通ずるかな」とは思ったぐらいですね。

 

新井

今通っている方でも、結構そういう方多いですよね。「とりあえず、やってみようか」って。それで全然いいと思いますけど。悩んで、何もしないよりも。

柏田さんは、最初から職業にしようと思って始めたんでしょうか?

柏田

 

いえいえ「なれたらいいな」くらいで。ただ「もうサラリーマンは無理だろう」と思いましたからね。

 

新井

「シナリオでやっていける」という目処が経ったのはどれくらいしてからですか?

柏田

 

通い始めて2、3年くらいした時に、大映の企画募集に応募して大賞をもらったんです。その時に「何とかなるんじゃないか」と。

当時、シナリオ教室で受賞の取材をされたんですけど、「※シナリオ教室の編集をさせて欲しい」と頼んで、手伝わせてもらいました。
雑誌の編集に興味がありましたしね。その時の経験はかなり勉強になりました。※新井先生にも色々教わりましたし。

※シナリオ教室…毎月シナリオセンターが発行している雑誌。各コンクールの受賞作のシナリオなどが掲載されている。
※新井一…シナリオ・センター創設者。担当した脚本は映画だけで、300本以上を執筆、ラジオ、テレビを加えると2000本を越える。 

 

新井

生徒として通いながら、シナリオ教室に携わっていたんですね。

柏田

 

そうです。新井先生は読み物として面白ければ、基本的に「何でも自由に書いて良いよ」というスタンスだから「こんなの書くな」とか言われたことないんです。

“書きたいものを自由に書くこと”を大事されていて“押し付け”が全くありませんでした。だから、手伝いしていても楽しかったですね。当時のシナリオ教室の編集長と揉めてるのも何度か見たことありますが(笑)。

 

新井

へぇ~なんでまた?

柏田

 

新井先生は「シナリオ教室」をもっと、受講生のシナリオ創作に役立つものにしたかったんですね。
そういう意味では、今の「シナリオ教室」は新井先生の理想に近いと思います。
でも、当時は「権威付けがあった方がいい!」みたいなこともあって。
それでぶつかってましたね。

 

新井

生徒さんにとって何がいいかでぶつかるっていうのは、新井一っぽい話ですね。
柏田さんが生徒の時の作家養成講座は新井一が担当していたんでしょうか?

柏田

 

いや、後藤先生ですけど、新井先生の講義も2.3回ありましたね。
まるで落語みたいな講義でしたね。「笑わせながら、教える」というか。どちらも楽しかったですね。

 

新井

新井一と講師との関係性って意外と聞くことができないんです。
もちろん、私は自分のおじいちゃんだから、色々知ってはいますが(笑)。

柏田

 

直接、知っている方は少なくなっているでしょうからね。
新井先生は生徒をその気にさせてくれるし、とにかく“エネルギッシュ”な人でしたよ。

 

新井

へぇ…“エネルギッシュ”。
例えば、どんな感じなんですか?

柏田

 

たまたま、帰りが一緒になったことがあったんです。
のときに「古本屋でこんな本買ったんだ」って見せてもらったのが「江戸物価辞典」で(笑)。

 

新井 (笑)。何に使うための本なんですかね。
柏田

 

まあ、専門家ぐらいしか読まない本ですよね(笑)。 
すごい嬉しそうな顔で、見せてくれるんです。

新井先生は、脚本家としては引退していて、育成に力を注がれているのに、その好奇心にはびっくりしました。
その本は今、自分が持っていて、時代劇の脚本の参考とか、時折読んでいますけど。

 

新井

へぇ~じゃあ、映画になった「武士の家計簿」とか「武士の献立」とか、今度放送になるBS朝日開局15周年記念大型時代劇スペシャル「大江戸事件帳~美味でそうろう~」とかでも、役立ってるんですかね。その資料が。

柏田

 

そうかもしれないね。

 

新井 うちにも、「何のために?」というような本が、今でも家に沢山あります(笑)。
「練習しないで100を切る」みたいなゴルフの本とか、新井一はゴルフしないのに、買っていたり。
でも、どこかでシナリオを教えるときに役に立つかもって考えてたんでしょうね。
柏田  

(笑)。
「好奇心の大きさ」は自分も「見習わなくちゃ」と思いました。それで私も、古本屋に定期的に通っています。

 

新井

すぐに役立つとは限らないけど、色んなことにアンテナを張っておくって大事ですよね

柏田  

「思いがけないものに出会うために常に好奇心を維持する」、新井先生は常にそんな感じでしたらかね。
例えば、ネットは調べるには便利だけど、目的以外のものを発見することが少なくなりますから。

 

新井

今は、自分の目で見ないでPCの情報で満足しがちですよね。
昔はネットなかったんでしょうけど、「何でも関心をもって自分で動いてみる」というのは、きっとシナリオだけじゃなく、色んなことに活きてきくるんだろうと思います。

柏田

 

自分の興味の外にも、ネタになるものがあったりしますからね。

 

 シナリオ・センターで、講師として、脚本家として活躍している柏田講師の一歩目も、最初から華々しいものではないだなぁとお話を聞きながら思いました。それでも、一歩を踏み出し、続けていくことでどんどん道は切り開かれていくものなのだと思いました。「始めようかなぁ~」「続けようかなぁ~」と迷っている方には、ちょっと背中を押すお話だったかなと思います。
後編は、時間術です。これも、かなり参考になりますよ。お楽しみに!


 

過去記事一覧

  • 表参道シナリオ日記
  • シナリオTIPS
  • 開講のお知らせ
  • 日本中にシナリオを!
  • 背のびしてしゃれおつ