シナリオ・センターでは、ライター志望の皆さんの“引き出し=ミソ帳”を増やすために、様々なジャンルの達人から“その達人たる根っこ=基本”をお聞きする公開講座「ミソ帳倶楽部 達人の根っこ」を実施しています。そのダイジェスト版を『月刊シナリオ教室』よりご紹介。
今回の達人は菅野高至さん。高野さんが“いちばんの師匠”と仰る作家・井上ひさしさんとのエピソードも交えながら、プロデューサーとして携わったドラマ制作の極意の一部をお話しいただきました。
固まった心をほぐすのが、大衆演劇の笑いと涙
どんなジャンルでも、創作に近道はありません。要は、どこまで粘れるか、一生懸命になれるか、しかも、楽しんで面白がって作れるかです。
脚本や小説を書くのと同じで、テレビドラマを作るのも、誰にでもできることではありません。一握りの人だけに許された、いわば天からの授かり物。だから謙虚に地道に努力を積み重ね、時には自分を天才だと自惚れて、励まして、また努力し、粘る、その繰り返しです。
僕はドラマを作っている間に、何人かの師と仰ぐ人に出会っていますが、いちばんの師匠は井上ひさしさんでした。
最初にお会いしたのは今から28年前、ドラマ部に入って8年経った頃で、自分ではいっぱしのディレクターのつもりでいましたが、井上さんから創作の基本、考え方の基礎を教わりました。
ある時、井上さんがこんな話を始めた。人は大衆演劇をなぜ観るのか。食事代をケチって、貯めたお金で安くない木戸銭を払ってまでして、なぜ観に来るのか。
答えは、大衆演劇は「心の筋肉マッサージ」だからなんです。
人が生きていく上で日々、辛いこと悲しいことがたくさんあります。人は辛いことがあると、心がこわばって固まってしまいます。固まった心をほぐすのが、大衆演劇の笑いと涙なのです。
笑うと、こわばった胸がパァーッと開いて心がほぐれ、泣くと、胸がキューッと閉じて心が固まる。笑って泣いて、笑って泣いて、このマッサージを繰り返すと、固い心の筋肉がほぐれて、お客さんはフワーッと柔らかくしなやかな心になるんです。
そんな心に作者のメッセージをそっと置くんです。「親孝行しろよ」とか、「戦争するなよ」とね。
お客さんは、作者の言いたいことを心の深いところで共感して、そして芝居が跳ねると「さあ、明日もまた頑張ろう」と元気が出るんですね。
笑って泣かせての繰り返しが大切だから、井上さんはずっと笑いにこだわっていたんです。
井上ひさしさんとの思い出エピソード
「むずかしいことをやさしく。やさしいことをふかく。ふかいことをおもしろく」……こういう戯曲を書くには、どうすればいいのか教えてくれました。
99%調べて、最後の1%で大嘘をつけば、ものすごく面白くなるし、作者はものすごい快感を覚えるんだと。
85年放送のドラマ『國語元年』を作った時に、井上さんのご自宅に泊り込んで、脚本を取りました。
当時、井上さんは3つか4つの連載小説を抱えていて、昼間は出版社の編集者達が待っている訳ですよ。
「なんだよ、テレビ局が出版社の邪魔しやがって」と冷たい視線にさらされる中で、「井上さんは、もともとテレビ育ちだい!」と、頑張っていましたけどね(笑)。
夜中12時までに原稿が上がれば貰えるし、出来なければ又明日という状態で、待っている間にビデオで映画をいっぱい観ました。本棚にはビデオがたくさんあって、まるで映画の図書館のよう。井上さんは、ビリー・ワイルダーが大好きで尊敬もしていましたね。
『アパートの鍵貸します』のような設定の笑いをシチュエーションコメディと言います。「一緒にいてはいけない人が一緒にいる」というシチュエーションを作れば、登場人物が自ずとぶつかり合い、葛藤が生まれ笑いが誕生する。
『國語元年』でも、いちゃいけない人が、途中から入ってくるんです。いちゃいけない人というのは、会津出身の盗人です。主人公夫婦は長州と薩摩ですから、そもそもが一緒にいられない。それで葛藤と笑いが起こる。
99%調べる話に戻すと、井上さんは、登場人物たちの履歴書を年表化して並べて、全体を見るんです。どういう人生を歩んで、どういうキャラクターに育ったのか、生きた時間の中でどんなことを言うのか。ドラマが終わった後は、どう生きたのか。年表化して見てゆくと、不思議とそれが見えて来ます。
好奇心を失ったらおしまい
プロデューサーで一番大事なことは、売り込み方だと思います。短く一言でわかりやすくプレゼンすることが大事です。僕は「(制作費が)安くて面白くてためになるドラマ」なんてキャッチフレーズをよく使いました。
これは脚本家も同じでしょう。
コピーライターになる必要はありませんが、自分なりの方法論や文体、言葉遣いを持っていた方がいい。やはりことばを磨かなきゃいけませんね。それには辞書を引くことを厭わないように。紙の辞書をね。そうすれば、月並みな言葉ばかり使わず、自分なりのコピーを考えることができるようになります。
僕の最初の文章修業は、ラブレターを書くことでした。相手を口説かなきゃいけないから、ありきたりの言葉じゃつまらないし、嘘八百を書いて(笑)、どんどんテンションを上げて迫っていくから、構成も考えなきゃいけない。本当に文章を書く勉強になりました。
人間の感情が揺れて、ぶつかり合うのが恋です。たくさん恋をして、たくさん泣いてください。どれほど泣いているか、悲しい目にあっているかで、人間を書く力が決まります。たくさん泣いている人がめちゃくちゃ明るいドラマを書いたりするものです。恋をしなきゃ、絶対に物書きにはなれません。
最後に、自戒を込めて言えば、テレビという現代を伝えるメディアに関わる以上、好奇心を失ったらおしまいですよ。例えばレストランに行ったら、見たことも聞いたこともないメニューを必ず注文するとかね。
皆さんも、どうか、自分自身のアンテナをいっぱい広げて生きてください。
出典:『月刊シナリオ教室』(2012年3月号)より
ダイジェスト「THEミソ帳倶楽部 テレビドラマプロデューサーの根っこ~ことばを磨こう、恋をしよう~」
菅野高至さん 2011年12月6日採録
★こちらのコーナー、次回は11月の第4月曜日に更新します★
プロフィール:菅野高至(テレビドラマプロデューサー)
NHK入社後、ディレクターとして『事件』、朝ドラ『はね駒』、向田邦子脚本『あ・うん』、井上ひさし脚本『国語元年』など多数の演出を手掛けた。その後プロデューサー(制作統括)として、大河『元禄繚乱』や、出身ライターの山本むつみさんがデビューした『御宿かわせみ』をはじめ、NHKのほとんどの時代劇シリーズを制作した。
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