注目ポイントはテーマ
自分探しのため会社を辞め、思いつきで漫画家を目指し始めた中年男と、彼のおかげで「いい迷惑を被っている」周囲の人々が織りなす､笑って泣けるおっさんコメディー。

知り合いのMさんが勤める会社は超体育会系。社員旅行はほとんど修行に近い過酷なミッションを課せられ、「今度こそ誰か死ぬんじゃないか」という噂が毎年流れるらしい。

ちなみに去年は南の島でハーフトライアスロン。もちろん全員参加である。1ヶ月前に告知され、自己責任での体力強化、泳げない人は泳ぎを特訓してこいとの社命が下る。

社内にトライアスロンの経験者はおらず、さすがに不安の声があがったらしい。そりゃそうだ。だがMさんは言った。「私も泳げないけど1ヶ月本気で練習する。みんなも大丈夫。きっと、まだ本気出してないだけだから」

じぇじぇじぇっ。本気とかそういう問題か？しかも当日は台風接近中。他人事ながらたいそう心配したが、結局､全員無事ゴールしたらしい。「流されないように海中にネットが張られたから遠泳ができなかったのが残念だったわ～」とＭさん。マジですか。ちなみに彼女は50代。「本気」のパワーとはかくも強大である。

だが、ネタバレしてしまうと、それはこの会社がフィットネス系の会社で、Mさんは現役インストラクターである。肉体的な基礎あっての努力ゆえに、未経験の競技でも「本気出せばなんとかなった」のだと思う。

今回ご紹介する作品は違う。何の基礎も努力もなく「本気出せばなんとかなる」と思う中年ダメ男の痛い物語である。

※You Tube
松竹チャンネル/SHOCHIKUch
『俺はまだ本気出してないだけ』特報

15年間漫然と会社員を続けてきた大黒シズオ40歳。できちゃった結婚の妻はとうの昔に家を出、残されたシズオは18歳になる娘と共に年老いた父の家で同居している。

ある日シズオは突然会社を辞める。自分探しと称してニートな日々を送る中、シズオは思いつきでマンガ家をめざすことを決意するが、とたんに「描くことがない」ことに気づいてしまう。「いつのまに俺は、こんな『残念な感じ』になっちゃったんだ」と愕然とするシズオ。

だが彼は諦めない。根拠のない持論「俺はまだ本気出してないだけ」「俺は大器晩成」で自分を励まし、周囲に迷惑をかけ続けていく。

序盤のあらすじを書き出してみたが、あまりのダメダメ感にめまいがしそう。もうこれだけで嫌悪感を持つ人もいるかもしれないが、ぜひ最終巻（5巻）まで一気に読んで欲しい。

的外れで非効率的であっても、自分を諦めないシズオ。不器用ながら周囲の人を自分なりの方法で愛するシズオ。そんなシズオをきっと好きになっていくはずだ。生きる意味がわからなくても、成果が得られなくても、生きているだけで人間は、人生はいとおしい。

ゆるいコメディの底には、そんな現代的かつ普遍的なテーマが潜んでいることに気付くはずだ。題名の付け方もいい。こんなドキっとするタイトル、読みたくなるに決まってる。

出典：仲村みなみ著『マンガから盗めっ！』（月刊シナリオ教室2013年8月号）より

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