「シナリオのテクニック・手法を身につけると小説だって書ける!」というおいしい話を、脚本家・作家であるシナリオ・センター講師柏田道夫の『シナリオ技術(スキル)で小説を書こう!』(「月刊シナリオ教室」)からご紹介。
今回は小説の描写 で情報を伝えるにはどうすべきかをご紹介。小説は地の文とセリフの両方を巧みに駆使することで、「描写」をしつつ「説明」もできます。ですが、それが難しい。きちんと伝えなければと思うと、説明的になり過ぎて、「これって“描写”なのかな?」と不安になってしまうこと、ありませんか?そこで、今回は作家・向田邦子さんの短編集『思い出トランプ』(直木賞受賞作収録)の中の1篇『マンハッタン』の冒頭も引用しながら、柏田流の“描写術”をお伝えいたします。
小説の地の文の“描写”
ここ10回あまり、作家になるために心がける読書の方法についてあれこれと述べてきました。
小説を書くためにいろいろな作家の作品を読むようにして下さい。それも楽しみながら読みつつ、文章表現や物語を作る手法、テクニックを吸収する(盗む)といった意識で読みましょう。
もちろん、“盗む”といっても、文章や設定をそのまま使う(コピペする)と盗作になってしまいます。本人は「盗作ではない」といくら主張しても、ネット時代の今は、一度そういう疑いを持たれただけで創作活動ができなくなります。
先人の作品から学んで、吸収して自分の中に取りこんだ上で、どう自分だけの小説に活かせるか、という意味です。
さて、読書の方法について述べる前には、小説の地の文の「描写」について考察していました。一口に描写といっても、主に情景描写、心理描写、人物描写の3つがあります。
このうちの情景描写の方法については、人物が見るもの、見えている情景を文章にしつつ、その物語の設定や情報も与えられるとベターだと述べました。
巧みな“描写”で“情報”を伝える
小説は基本的に地の文とセリフで書かれますが、両方を巧みに駆使することで、「描写」をしつつ「説明」もしてしまえる。読者はその描写を文章で追うことで、映像をイメージし、その物語の世界の情報も得ていく。
途中で意図的に説明(解説)をして、分からせるという手法もありますが、できれば描写によって伝えてしまいたい。
この「描写」と「説明」の配分も書き手のテクニックです。下手だと情景が浮かばなかったり、人物が見えてこなかったりしますし、あるいはいかにも説明ばかりが続くと読者は飽きてしまいます。
女房が出ていってから、睦男はいろいろなことを覚えた。
パンは三日で固くなる。食パンは一週間で青カビが生え、フランスパンはひと月で棍棒になる。
牛乳は冷蔵庫に仕舞っておいても、一週間でアブなくなる。冷蔵庫といえば奥から緑色の水の入ったビニール袋が出て来た。緑色のアイスクリームを買った覚えはない。散々考えたあげく、三月前に出ていった女房の杉子が入れた胡瓜だと気がついた。
向田邦子の短編集『思い出トランプ』(直木賞受賞作収録)の中の1篇『マンハッタン』の冒頭です。
この文章から、主人公の陸男は3ヶ月前に女房の杉子に出ていかれ、それからずっと1人暮らしをしていることが分かります。
“女房の杉子は三ヶ月前に出ていったのである。”と書いてもいいわけですが、胡瓜が腐って液体になっている、という具体的な描写(映像表現)と合わせて伝えているところに注目して下さい。
この陸男という男の、どーしようもなさも描かれているわけですが、これがつまり描写の中の「人物描写」にもなっているわけです。
陸男は11時に起き出して洗面所で顔を洗うのですが、“歯磨きの白いしみの飛んだ曇った鏡に、三十八歳の職のない男のむくんだ顔がうつっている。”という描写で、陸男の年齢や現状を伝えています。
ご存じのように、向田邦子は長年売れっ子脚本家で晩年小説を書き、作家としての将来を嘱望されつつ急逝しました。ディテールを活かした巧みな映像的表現を学んで吸収して下さい。
出典:柏田道夫 著『シナリオ技術(スキル)で小説を書こう!』(月刊シナリオ教室2016年12月号)より
※要ブックマーク!これまでの“おさらい”はこちらのまとめ記事で。
▼「柏田道夫 シナリオ技法で小説を書こう スキル一覧」
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