伝え方
シナリオ・センター代表の小林です。明日は天皇誕生日ですが、富士山の日でもあります。
10年ほど続いた「富士山河口湖映画祭」を懐かしく思い出します。会場から真正面に見えた大きく雪に覆われた美しい富士山の姿が今も目に浮かびます。
富士山はこんな世の中をどのように眺めているのでしょうか。
東京の今日の感染者は178名。減少しましたが、東京はこの土日は暖かさに誘われて、外に出かけた方が多いようで、これからどうなることやら、まだまだ予断を許しません。
私は、どんな時でもポジティブに捉えて生きたいと思っていますが、危機管理に対しては一番悪いことを想定すべきだと思っています。何が起きても慌てないために。
全豪オープンで優勝した大坂なおみ選手が、どんどん強くなっているわけは、厳しいトレーニングで作った筋肉と体幹だそうです。
そのトレーニングを指導した中村トレーナーが、何のためにするのか、これをするとどうなるのか、ときちんと論理的に話すことで、苦しいトレーニングも続けられ、結果が出るのだということをおっしゃっていました。
これはすべてにいえることだと思います。
目標または目的があって、そのための手段としてどう動くことがベストなのか、どうなるのか、きちんとわかると納得します。
シナリオと同じだなと思いました。
要は具体的に映像が浮かぶようじゃないとわからないということ。
日本は形容詞や修飾語など抽象的な表現がある意味主体なので、「強い子やさしい子」みたいな標語とか、「命がけで頑張る」「真摯な気持ちで」とか心情的なものが多いのですが、感動を呼ぶこともありますけれど、イメージが人それぞれになって具体的には通じにくいものです。
伝え方とひとつで、すべての動きは変わります。
少なくとも、緊急時や国会では国民の誰にも伝わるように具体的に話してほしいものです。
馬疫
小淵沢からウイルスが発生しました。
コロナではありません。馬ウイルスです。
「馬疫」(光文社刊)、けた外れな面白さです。
通信本科で学ばれていた茜灯里さんが日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞されました。
おめでとうございます。
馬術選手の経験をお持ちで、馬の獣医師でもある茜さんの専門力というものが、ものすごくうまくでていた作品です。
オリンピックを前に提供馬審査会で、馬が暴れ、人を襲う強騒型馬インフルエンザのウイルスが見つかり、瞬く間に広がっていきます。
主人公の日本馬術連盟の登録樹医師一ノ瀬駿美は、馬術連や感染症研究所の医師たちと協力しながら、インフルエンザの解明に動き出すのですが、そこからまた新たな人間に感染させる驚くべきウイルスが発生していきます。
あらすじにもなっていませんが、ミステリーなので、この先は読んでいただくとしましょう。(笑)
うがった見方をすると今のコロナの話のようにも思えます。
何故なら、人間対ウイルスの対決だけではなく、そこにはウイルスを止めようとする医師対オリンピック、欲、名誉、権力が絡み合っているからです。
唯一現実と違うのは、女性だからといってスポイルされていないところでしょうか。(笑)
茜さんは、コロナ発症の時期にこの作品を書かれたようですが、まさに今生きている人間そのものを描いています。
「馬ウイルスを広めない・沈静化させる」という一点で動く獣医師駿美と「オリンピック」「馬術大会」「競馬場」「研究」などそれぞれの立場で動く人々。
様々な人達の思惑に翻弄されながらも一点を守り抜く駿美のキャラクターが見事です。
父や姉との確執や自分が育った乗馬苑への想い、オリンピック候補になれなかった因縁などを入れながら、駿美像がしっかりとできています。
対照的に描かれる姉のキャラもうまいです。
ただ、主人公のキャラクターがしっかりできているだけに、ウイルス蔓延の本丸にかかわる男性のキャラクター、葛藤が、私にはやや弱く感じられてしまいましたが。
でも、ということは、それだけ主人公のキャラがよくできているということですから、次々と「獣医師駿美シリーズ」が生まれてくる気がします。
専門力は、誰にでもあるものではありません。この力は作家として大きな糧になります。
作家の底になるものをお持ちの茜さんは、ジャンルの違うものをお書きになっても、ゆるぎない作品を描きになれることと思います。
新聞記者もおやりになり、大学の先生でもあり、時代ものがお好きだとおっしゃる茜さん、宮部みゆきさんのような幅広い大きな作家へと成長されるのは間違いないと思います。
コロナでも駿美のような医師は出てこないものでしょうか。あ、人間のですが。