==「脚本家を目指しているわけではないけど、映画が好きだからシナリオを勉強したいな」というかた、今回ご紹介する“先輩”のコメントを参考にしてください==
『月刊シナリオ教室』の「先輩のオ・シ・ゴ・ト」というコーナーでは、シナリオ・センターで学んだ“先輩”のお仕事に焦点を当てています。その連動コーナーがこちらのブログ。
8月号でご紹介する落合寿和さん(元研修科所属)は、映画・報道・音楽・スポーツなど様々な分野の字幕翻訳および吹替翻訳をご担当。「シネマ通信」や「王様のブランチ」の映画コーナーの他、映画の情報番組でもインタビューやメイキング映像などを翻訳。1996年に有限会社ヘザーを設立し、上映・放映時間にして現在までに6000時間ほどを翻訳されています。
また、2019年発行の書籍『映画の字幕ナビ』(スティングレイ刊)では、字幕のさまざまなテクニックや表現方法を公開されています。『月刊シナリオ教室 8月号』では、『映画の字幕ナビ』を書いたキッカケの他、どのような想いで翻訳という仕事をされているか等々、お聞きしています。
このブログでは、シナリオ・センターに通っていた頃のお話や翻訳の際に心掛けていること、今後の展望をお聞きしました!
シナリオ・センターに通っていた頃の思い出
〇落合さん:シナリオ・センターに通い始めたのは1985年。高校2年の終わりから3年にかけて、当時開講していた基礎講座「4週間講座」→「シナリオ8週間講座」→本科(桑島良助講師と宇野耕治講師のクラス)を修了しました。
シナリオを学ぼうと思ったのは、何より映画が好きだったからです。
自分が挑戦したいことは映画を作ること。自分にそれができるのか。入り口はどこだろう?
そう思っていたのが高校2年の終わり頃。そんなとき、たしか『ぴあ』に載っていたシナリオ・センターの講座の広告を見て、受講を決めました。受講料は家庭教師とビデオレンタル店でのアルバイト代で稼いでいた月5万ほどの小遣いから出していました。
高校卒業後は桜美林大学の英文科に進学。カナダへの留学後、1989年の夏に研修科(今村和代講師のクラス)に進みました。
ただ同時期に、就職活動もしていました。アミューズから内定をいただき、研修が始まったり、またそれと前後して、ぴあフィルムフェスティバルの公募審査員として試写室に缶詰めになったりと、さまざまな経験をしているうちに、結局シナリオから離れてしまいました……。
でもこの時期、自分が何をやっていたかを思い出すと、シナリオ・センターでのことが甦りますね。
例えば、京都の祇園祭を見たくて、高校の担任に話して少し早く夏休みを始めて、7/17~8月上旬まで関西から九州にかけて1人旅に出たことがあります。その際、本科の課題をいつに出すか前もって決めていました。「7月は8日に、8月は19日に提出する」という当時のメモも残っているんですよ。
「字幕を入れ直すことを“字幕のリマスター”と思っています」
〇落合さん:いろいろな分野の翻訳をしてきましたが、DVDやBD化の際に改めて字幕を入れ直すという仕事も沢山してきました。
私は、セリフが映像の一部になるよう意識して、字幕を入れています。例えば、「時間経過」についてもそうです。
映画『ヘル・ゴースト/悪魔のスケアクロウ』(1988)を、BD化に際して字幕を入れ直したときのことです。この映画は、350万ドルを強奪した武装集団が乗っ取った飛行機で逃げる途中、仲間割れをおこし、畑に着陸。そこで、ゾンビ化したスケアクロウ(=案山子)に襲われるというもの。
私が注目したのは、ラジオから流れる「時報」や「朝4時のニュースをお伝えします」といった時間帯が分かるセリフです。私が入れ直す前は、ラジオのセリフは字幕になっていませんでした。だから、単なるBGMのように聞こえてしまいます。
ホラーやサスペンスは特に、字幕として情報を出して時間経過が分かるようにすると、「こんな時間に、こんなところにいるんだ!」と緊迫感がでます。しかもこの映画は「一晩」の話なので、時間経過を字幕にすると、物語の展開がより分かりやすくなります。
私は、こんな風に字幕を入れ直すことを“字幕のリマスター”と思っています。
往年の映画が最新のデジタル作業によって画質や音質がクリアになった「デジタルリマスター版」が最近よく発表されていますよね。その字幕版です。古い字幕が、より“血の通った字幕”になるよう、心掛けています。
「『映画の字幕ナビ』の英語版を出版できれば」
〇落合さん:『映画の字幕ナビ』では字幕翻訳のテクニックだけでなく、今まで誰も書かなかった映画字幕の裏側が分かるようなことをいろいろ書いています。
できれば今後、『映画の字幕ナビ』の英語版も出版したいです。日本語字幕は、他の国の字幕と比べて、すごく特殊で奥深い。例えば、「He」「She」をただ「彼」「彼女」と訳すのではなく、彼・彼女が誰か特定しやすいように、カタカナのルビで人名を載せたりすることもできます。ルビを載せられる言語はそう多くありません。
また、英語と文法的に近いフランス語・ドイツ語・イタリア語に翻訳する場合は、観客に伝えたい情報が“落ちる”ことはありません。でも日本語字幕の場合は落ちることが多いのです。
結果的に、訳し方に工夫の余地が広がるのですが、これには一長一短あり、監督や脚本家の意図からズレた印象を日本の観客に与えてしまうことにもなりかねないのです。そうした日本語字幕の特殊な事情を今まで以上に詳細に世界のフィルムメーカー達に伝えられたら、日本語字幕の精度がさらに向上するのではないかと思っています。
©落合寿和『映画の字幕ナビ』(スティングレイ刊)
※これまで取材させていただいた“先輩”の様々なオシゴトは、こちらの「脚本技術を活かした仕事とは/インタビュー記事一覧」をご覧ください。
https://www.scenario.co.jp/online/21633/