令和2年度橋田賞新人脚本賞。
応募総数279作品の中から、藤田知多佳さん(元作家集団) の『ハゼと私とホタテと』と山脇さやかさん(元大阪校 研修科)の『スミレの道標』が、佳作に選出されました。なお、おふたりとも脚本コンクールでの受賞は初。
それぞれにお話をお聞きしたところ、「苦い思い出も受賞に繋がっている、すべてのことには意味があるみたいです」「脚本を書いていて一番嬉しいのは、“今まで体験してきたことはすべてに意味があった”と思えることですね」というコメントが。
体験してきたことすべてに意味がある。これは特に「脚本コンクールに何回も応募しているけど全然ダメ……」というかたにとって、背中を押される言葉なのでは?
『月刊シナリオ教室 2021年7月号』には、おふたりのインタビューと受賞作のシナリオも掲載されています。こちらのブログと併せてご覧いただき、次回コンクールに応募する際の参考にしてください。
藤田知多佳さん『ハゼと私とホタテと』
“すべてのことには意味があるみたいです”
*
==あらすじ==
無職の横田愛咲(22)は東条昌隆(31)のマンションで暮らしている。真夏のある日、東条に連れられ旧中川でハゼ釣りをする愛咲は、東条から借りた釣り竿を根がかりで破損してしまう。東条に殴られ、釣り竿を弁償することと根がかりの際に川に残してきた釣り糸や錘をキチンと回収してくることを命じられた愛咲は、夜の旧中川に入り川底を探る。その姿を見ていたホームレスの江本 実(63)。危ないと声をかけるが、愛咲は聞かずに、川底を探り続ける――
――受賞の感想
〇藤田さん:誕生日に受賞のご連絡をいただきました。私は執筆活動を周囲に内緒にしていましたが、コロナ禍で面会禁止の入院中の母にはLINEで受賞の報告をしました。翌日に母と面会が許され、誕生日と受賞のお祝いの言葉をもらいました。
母がしっかりと会話が出来たのはその日が最後で、数日後に永眠しました。遺品のノートにはやっと書いたであろう字で受賞のことが書かれていました。この受賞はかけがえのない一生のプレゼントです。私の作品を選んでいただき本当に嬉しく思います。
――この作品を書こうと思ったきっかけ
〇藤田さん:苦い思い出のある相手とたまたま釣りに行く機会があり、初めて釣りをして楽しかったんです。その後、釣りを覚えたくて船釣りをしていたのですが、近場で釣り場を探してみたら、旧中川がちょうどハゼ釣りのシーズンだったんです。何度も通ううちにアイデアが湧いてきて……という流れです。苦い思い出も受賞に繋がっている、すべてのことには意味があるみたいです。
――今回、一番苦労した点
〇藤田さん:愛咲が行動する動機を考えることです。
愛咲を困らせようとしましたが、愛咲は困らず 諦めてしまう子でした。なので、この子に何をぶつけたら動くのか、それはどうしてなのか。逆に障害をぶつけても動かないのはなぜか、など愛咲の心の動きを意識してカセを作っていきました。
例えば、愛咲が釣りを禁止された後のシーン。どうやって江本のもとへ向かわせるか、動機のきっかけが思いつかず、金木犀を嗅がせて無理やり走らせてみましたが、彼女は多分そんなことでは江本のもとに走ってくれない。こちらの都合で主人公を動かしたシーンを書いているときに自問自答しましたね。
――細かいところまで描写されている“釣りのシーン”について
〇藤田さん:実際に旧中川にハゼ釣りに行きました。愛咲と同じく初心者の女が1人で釣りをすると困ることがいっぱいあるんです。周りに釣りを教えてくれる人がいればいいんですが、船釣りみたいに誰かに聞ける環境でない場合は、1人で何とかするしかない。愛咲の釣りの疑問点や困っていたことは私の実体験で、その時に調べた知識や釣り好きの知人に聞いた回答を江本のセリフにしました。
――「コンクールで賞をとりたい!」というかたへメッセージ
〇藤田さん:私はかなりマイペースに創作活動をしていたのでアドバイス出来ることはありません。なぜか根拠のない自信を持って自分に合ったペースでシナリオを続けてきました。
プロになれず、ずっとコンクールで賞を取れずにきましたが、書くことをやめようと思ったことはなく、プロになる夢もコンクール受賞も諦めたことはありません。もっと書けるようになりたいし、書きたい気持ちは皆様と同じです。お互い頑張っていきましょう。
山脇さやかさん『スミレの道標』
“今まで体験してきたことはすべてに意味があった”
*
==あらすじ==
隅にスミレの花の刺繡が入った白いハンカチ。それを犯罪少年達に配り歩く警察官・倉持 稔(60)は、いつしか“スミレの倉さん”と呼ばれるようになった。犯罪少年達の更生に人生をかけ、交番勤務にこだわり抜いた倉持は今日、定年を迎える。倉持の“宝物”は姪の岡 純恋(すみれ/28)。20年間、本当の娘として育ててきた。純恋には恋人がおり、倉持は彼に会うのを楽しみにしていた。だが、やって来たのは、15年前に倉持が逮捕した元犯罪少年の塩見 蓮(32)だった――
――受賞の感想
〇山脇さん:言葉にするのは難しいほど、色々な感情が入り混じっています。本当に名誉なことで、今まで生きてきた中で1番嬉しいのはもちろんですが、同時に重みも感じています。橋田賞の名に恥じぬよう、これまで以上に身を引き締めて脚本と向き合わなければいけないと思っています。
――この作品を書こうと思ったきっかけ&執筆エピソード
〇山脇さん:警察密着番組で、密着当日に定年退職を迎える警察官が取り上げられていたことがありました。彼はどれだけ心が荒んだ犯人でも見捨てず真正面から向き合い、地域の安全を守るために人生を捧げた警察官で、最後の夜には「おつかれさまでした」「ありがとうございました」など後輩達から感謝の言葉がパトカーの無線に入ってきて……というなかなか感動する内容でした。
その頃ちょうど基礎科の課題「ハンカチ」を考えていたのですが、番組内で警察官に諭された犯人が泣いて反省するシーンがあり、「もしこの時、警察官が胸ポケットからさっとハンカチを出して、そのハンカチに何かしらのストーリーがあったらエモいなぁ」と思いついたのがきっかけです。
課題「ハンカチ」で倉持や純恋が登場するドラマを書いたのですが、研修科の課題「ホームドラマ」を書くときにこの親子のことを思い出し、構想を一から練り直してゼミで発表しました。長編にする前提で書いて発表したら、クラスメイト達や先生の評価もスゴく良かったので、そのまま長編として最後まで書き上げました。
ただ、実はゼミで発表したとき、純恋は病院内のカフェ店員でした。ゼミの先生に「今回の課題、スゴく上手やった。でも、上手に書ける人はあなた以外にもいる。あなたにしか書けない世界観を少しでも入れた方が良いかもしれない」とアドバイスをいただいて、私の趣味は乗馬で、夫も乗馬関係の仕事なので、乗馬指導員という身近な職業を入れました。
――今回、特に意識したこと
〇山脇さん:シナリオ・センターでもよく言われましたが、「主人公を困らせる」ことを意識しました。主人公に限らず、とにかく登場人物を困らせていきます。
あとは、過去に聞いた話や自分の体験などを脚色し、要素として少しずつ入れていきました。脚本を書いていて一番嬉しいのは、「今まで体験してきたことはすべてに意味があった」と思えることですね。
――「コンクールで賞をとりたい!」というかたへメッセージ
〇山脇さん:受賞したと聞くと、「スゴい!」と思われるかもしれません。私もゼミ生のとき、そうでした。でも、受賞できたのは私に特別な才能があったからではないと思います。何度も打ちのめされ、自信のあった作品ほど理解してもらえず、ため息ばかりの日々もありました。実際まだまだ実力不足で、私より上手い人は大勢いると思います。
でも受賞できました。コンクールは「ご縁があればいつか繋がる」くらいの気持ちで、上手く書くことよりも自分の感覚や感受性を大切にしてほしいと思います。ちょっと力が抜けているくらいの方が自分らしさを出せて、きっとうまくいきます。
* * *
※橋田賞新人脚本賞についてはこちらの記事もご覧ください。