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柏田道夫おすすめ 映画『ディア・エヴァン・ハンセン』楽しむ 見どころ

映画から学べること

脚本家でもあり小説家でもあるシナリオ・センターの柏田道夫講師が、公開されている最新映画を中心に、DVDで観られる名作や話題作について、いわゆる感想レビューではなく、作劇法のポイントに焦点を当てて語ります。脚本家・演出家などクリエーター志望者だけでなく、「映画が好きで、シナリオにもちょっと興味がある」というかたも、大いに参考にしてください。普通にただ観るよりも、勉強になってかつ何倍も面白く観れますよ。

-柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その47-
『アンテベラム』ジャンル超越で今までにない物語を創る

今回はとてもとても不思議な、でも見事な意外性と着地点で展開する『アンテベラム』。見終わって思わず唸ってしまうおもしろさです。まずいつものように、ここに貼られている予告編を見て下さい。

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キノフィルムズ
11/5(金)公開!『アンテベラム』予告篇

どういう話だろうか?と思われるでしょう。名声と幸せな家庭を持つヒロイン(ジャネール・モネイ)がいて、どうやらタイムスリップして、過去、それも南北戦争あたりの時代に飛んでしまって、黒人奴隷となってしまう。

ジャンル分けすると、タイムパラドックス、あるいはタイムワープもの、広義のSF(サイエンス・フィクション)もしくは、ファンタジーでしょうか?ただ、この映画のキャッチは、“『ゲット・アウト』『アス』のプロデューサーが新たな衝撃を呼び起こすパラドックス・スリラー”とあります。

実際予告編に出てくる、ホテルの廊下に立つ少女なんかは、かのスティーヴン・キング原作、スタンリー・キューブリック監督の傑作ホラー『シャイニング』の双子少女を彷彿とさせます。じゃあホラーなのか?

ちなみに、上記の両作で名を上げたのは、ジョーダン・ピール監督です。スリラーというかホラーでもあった『ゲット・アウト』は、アカデミー脚本賞を取るくらいによくできた傑作でした。しかも背景として「人種(黒人)差別」がテーマとしてあって、ただの怖がらせスリラーではなかった。続く『アス』も観客の予想を超える展開のサスペンスでもありホラー映画で、度肝を抜かれました。

さて『アンテベラム』ですが、このタイトルの意味は、「戦前」で、アメリカの歴史では「南北戦争以前」を差すのだかとか。冒頭からの長回しシーンがまず素晴らしいのですが、まさに南北戦争期の南部の邸宅から広い農園、行進する南軍の兵士たち、綿を摘む黒人奴隷たち姿といった光景が映されます。

そこに連れてこられたヒロインはエデンという名で、苛酷な奴隷生活を送る。もう当時の南部の白人たちの彼らへの扱いは、胸くそ悪くなるくらいに酷い。かの名作『風と共に去りぬ』は、南部の農園主の娘スカーレット・オハラの物語ですが、ここまでは酷くなかった。

ともあれ、当時のアメリカ最大の内戦に関しては、ある程度でも頭に入れておいて見るようにしてほしい。

さて、これ以上はネタバレになるので展開は書きません。で、今回の「ここを見ろ!」は、まさにジャンル、それも発想を広げるための「ジャンルまたぎ」もしくは「ジャンル超越でまったく新しい物語を創る」。

企画書講座や基礎講座で、半分笑い話みたいに言うことがあります。近年皆さんが書いてくるテーマとかに「介護ネタ」があります。現実問題として切実ですし、ドラマが創りやすい。ですがコンクールなどの下読みだと、「またか」と思う題材の筆頭だったりします。大体同じような話になる。ジャンルでいうと、まずホームドラマか、ヒューマンもの、いわゆる難病ものというように。

例えばですが、「いっそのことアクションでやれないか?」と。認知症の爺ちゃんはその昔は凄腕スパイで、重要な機密を持っている。介護する孫娘はテコンドー選手。その二人が謎の組織に襲われて、爺ちゃんのスパイ技術と孫娘の格闘技で戦う、(誰も書いていない)「アクション介護もの」!

発想法のひとつとして、このようにジャンルを変えることで、思いも寄らない作品にできます。例えば恋愛ものも、謎や秘密、事件と組み合わせると、ラブサスペンスになる。あるいはホラーになるとまた違ってきます。

この『アンテベラム』は、キャッチのように「パラドックス・スリラー」(ってよく考えると何だか分からないが)なのですが、後半の展開はサスペンスだし、ホラーでもあり、壮大なミステリーとも言えます。しかもテーマとして据えられているのは、社会派的な「人種差別」で、ヒューマンドラマ、ホームドラマ要素もあります。

こうしたジャンル超越でこの題材を扱っているため、「こんな映画見たことない!」となっています。できるだけまっさらの状態でご覧下さい。

-柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その48
『ディア・エヴァン・ハンセン』嘘と秘密が物語を拡大させる

今回はミュージカル映画です。2016年にNYのブロードウェイで上演開始、トニー賞やグラミー賞、エミー賞などを総なめした傑作舞台の映画化作品。さぞや歌って踊って、といったダンスナンバーで展開する華やかなミュージカルかと思いきや、まったく違う、ある意味とても地味な、悩める高校生の青春を(いわばグチグチと)綴った青春ドラマでした。

でも、これが心に染みる人間ドラマとなっていて、しかもラストの字幕に示されるように、今の若者や(現代の歪な社会の片隅で苦しんでいる匿名な)人たちにこそ、見てほしい感動作になっています。脚本は原作戯曲を執筆したスティーヴン・レヴィンソンですが、映画用にかなり脚色されているとかで、特に結末とかも大きく変わっているとのこと。

主演は舞台でも初代エヴァンを演じたベン・プラットで、屈折しつつも繊細なキャラクターと、心に響く歌声を披露してくれます。エヴァンが片想いする同級生のゾーイ(ケイトリン・デヴァー)と、エヴァンの背中を押すアラナ(アマンドラ・ステンバーグ)の二人がとてもキュート。さらにジュリアン・ムーアやエイミー・アダムスといったおなじみの名優さんたちが脇を固めて、歌もこなしています。

さて、物語なのですが、エヴァンは容姿もパッとせず、高校で友人らしい友人もいなくて、精神安定剤が欠かせない。セラピストから治療の一環として、自分への手紙を書いている。その書き出しが「Dear Evan Hansen」です。

この孤独と鬱に苦しむエヴァンは、美少女のゾーイに片想いしているのですが、とても話しかける勇気もない。ひょんなことから、ゾーイの兄のコナーに言いがかりをつけられてしまう。このコナーは学校の問題児で心を病んでいて、突然自殺してしまう。たまたまコナーは、エヴァンが自分宛に書いた手紙を持っていたことから、エヴァンはコナーのたった一人の親友だったとされてしまう。

否定しようとしたエヴァンですが、コナーの両親やゾーイの傷心を癒やそうとして、親友だったふりをしてしまう。そこから……

主人公のエヴァン自身も孤独ですし、自死するコナーはもちろん、さらにはその妹のゾーイも、さらには一見積極的な学園活動をしているアラナも、実は底知れない孤独や悩みを抱えていることが分かってきます。

SNS社会で、それにどっぷりと浸っている現代人、特に華やかそうなティーンたちこそ、人と繋がれない孤独にさいなまれている。この現代性こそが、映画の背景となっていて、従来型のミュージカルと一線を画しているわけです。

さて、今回の「ここを見ろ!」はこうした現代ならではの暗部だけでなく、「嘘」や「秘密」をど真ん中に持ってくることで、人物を葛藤させ、物語さえもおもしろく運べるというところ。

エヴァンはなりゆきで「コナーの親友だった」という嘘をついてしまう。この嘘によって、事態がどんどん拡大して、ますます嘘に嘘を重ねてしまう。この手法で、物語を展開させる名手こそ三谷幸喜さんです。三谷さんの名作戯曲『君となら』や『アパッチ砦の攻防』など、小さな見栄の嘘からどんどん事態が拡大していって、というコメディはほとんどこの図式です。

エヴァンの嘘はけっして悪意からでなく、いくつもの誤解から生じているのですが、そこに至る運びの絶妙さ、さらに嘘が拡大していく過程も。

さて、エヴァンはその嘘をどう処理するのか?
この展開が【転】へと向かっていく。人物の対立・葛藤・相克を掘り下げる「嘘」と「秘密」の作り。エヴァンだけでなく各人物たちの葛藤も、セリフから歌へとなっていて、本音が語られるという手法も、ミュージカルの新しい手法となっています。

もうひとつ、基礎講座とかで「片想い」という課題が出されます。エヴァンはゾーイにずっと片想いしているのですが、彼女への思いを切々と明らかにする歌のシーンがあります。片想いなのだけど、その思いを他者に託すカタチで告白する。この場面で思い出されるのは古典名作の『シラノ・ド・ベルジュラック』ですが、なるほど「片想い」を描く際の参考にもなるはず。

ともあれ、こんなミュージカルもアリです。人物たちの染みる本音を語る歌に浸りつつ、青春ドラマとしても楽しんで下さい。

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映画『ディア・エヴァン・ハンセン』予告編《2021年11月26日(金)公開》

「映画が何倍も面白く観れるようになります!」

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