どんなドラマや映画なら観たくなりますか?例えば、“ダメなところ”がある主人公の物語だったら興味をそそられませんか?でもそれはなぜなのか。その理由が分かるのが今回ご紹介するお話です。
このコーナーでは、「自分にはシナリオを書く才能がないかも……」と悩んでいるかたへ、面白いシナリオが書けるようになるちょっとした“術”を、シナリオ・センター講師・浅田直亮著『いきなりドラマを面白くする シナリオ錬金術』(言視舎)&『月刊シナリオ教室(連載「シナリオ錬金術」)』よりご紹介いたします。
弱いところやダメなところを持たせる
「いい人ばかり出てきて、悪い人が書けないんです。どうすればいいでしょう?」
そう質問されることがあります。確かに、いい人ばかりだと、もう一つ物足りないなあ、というシナリオになりがちです。
特に主人公が、ただいい人だと、いい話になってしまいます。いい人のいい話って、どうしても、何かどこかで観たことがあるような話にならざるをえません。
なので、もう一つ、今までにない新鮮さや個性という点で物足りなさを感じてしまうのです。また、いい人のいい話は校長先生の朝礼の話のように説教臭くなって、かえって観客や視聴者に反発されたりすることもあります。
といって悪い人を書くのに何となく抵抗を感じてしまう人も多いでしょう。そこで無理して悪い人を書こうとしても中途半端になってしまったり…。
何も、悪い人を書かなければならないわけではないんです。悪い人を書かなくても、いい人でも全然かまいません。ただ、どんなにいい人でも弱いところやダメなところがあるはず。そこをしっかり持たせて描いてあげれば、いいのです。
例えば、トナカイさんの真っ赤な鼻は、いつも、みんなの笑い者にされています。でも、その赤い鼻がサンタさんの目に止まります。これが、トナカイさんの立派な角は、いつも、みんなの憧れの的で、それがサンタさんの目に止まり……だと、何だかちょっとイマイチですよね。
というわけで今回は、トナカイさんの真っ赤な鼻の術!
『酔いどれ天使』のキャラクター
黒澤明監督の『蝦蟇の油~自伝のようなもの』(岩波現代文庫)という本に『酔いどれ天使』のシナリオを書いていた時のエピソードがあります。
『酔いどれ天使』は、黒澤監督自身と植草圭之介さんの共同脚本で、志村喬さん演じる貧乏医師が、三船敏郎さん演じる闇市のヤクザの鉄砲傷を手当てしたことがきっかけで、ヤクザが結核に冒されているのを知り、その治療を必死に試みるが……というストーリー。
そもそも企画の始まりは山本嘉次郎監督の『新馬鹿時代』という映画のために大きな闇市のある市街のオープン・セットを建て、それを利用して何か作れないかという話から生まれたものだそうです。
そこで黒澤監督は、闇市の縄張りを預かるヤクザを主人公に企画を立てました。そして、そのヤクザとは対照的な人間を設定しようと考え、最初、その街に住む若いヒューマニストの開業医を登城させることにしたそうです。
ところが、このヒューマニストの青年医師が、黒澤監督と植草氏が、どんなに、あれこれ考えても「生きて動き出そうとしなかった」と書かれています。
「生きて動き出そうとしない」とは、どういうことでしょう?
これは私の想像でしかありませんが、おそらく、あれこれ具体的なシーンをイメージしても、まったくイメージできないわけではありませんが、何か、もう一つ物足りない感じ、特に、今までにない新鮮さや個性という点で、何かどこかで観たことがあるようなシーンになってしまうのではないかと思います。
そんな時、黒澤監督と植草氏は、ほぼ同時に、ある人物のことを思い出しました。それは脚本を書く前に、いろいろ闇市を見て回った時に出会った酔っ払いの無免許医者でした。
ヒューマニストの青年医師はフッ飛び、五十も半ばを過ぎたアル中の開業医が生き生きと動き出します。栄達に背を向けて庶民の中に根をおろし、医者としての実績と偏屈だが一徹な人柄で人気を集め、見かけとは裏腹に優しい心を持っているが、傍若無人にズケズケと本当のことを言い過ぎる……まさに「酔いどれ天使」のキャラクターが生まれます。
この医者は悪人ではありません。基本的には、いい人です。でも、ただのいい人ではなくて、アル中で口が悪いという弱いところダメなところを持っています。それだけで生き生きとしてくるのです。
特にセリフ。たとえば、主人公がヤクザに、命は惜しくねえか、と脅された時のセリフ「一人前の人殺し面すんな。フン、お前より俺の方が、よっぽど殺してるよ」
こういうセリフは、ヒューマニストの青年医師では決して出てこないでしょう。いいセリフや面白いセリフというのはキャラクターから生まれてくるのだということを改めて実感させられます。
また、時々、「どこまでキャラクターをイメージすればいいのでしょうか?」と質問されることがありますが、このような、その人物ならではのセリフが浮かぶかどうかが、一つの目安になると思います。
普通の人は言わないけれど、この人だったら言いそうなセリフ、この人しか言わないセリフが浮かんでくるというか、勝手にセリフがうかんでくる、まるで、その人物がひとりでに喋り出すようになればバッチリです。
『ブラックジャックによろしく』のヘタレキャラ
テレビドラマ『ブラックジャックによろしく』の主人公を観てみましょう。
『ブラックジャックによろしく』は、佐藤秀峰氏のマンガが原作。名門「永禄大学医学部」を卒業した主人公は、永禄大学附属病院で研修医として働く事になり、大学病院の矛盾や医療の現実に立ち向かっていく、というストーリー。
妻夫木聡さん演じる主人公は決して悪い人ではありません。むしろ、正義感があり優しい心を持つ、いい人です。しかし、気が弱く、医師としての経験や技術がないこともありますが、自信がありません。いわゆるヘタレです。
第1話で、アルバイト先の夜間救急の当直医を一人で任されることになった主人公は、重病人が運び込まれないでくれ、運び込まれないでくれ、と祈ります。が、交通事故の重傷者が救急車で運び込まれます。自分一人じゃ無理だと先輩医師に電話しますが留守電で連絡が取れません。自分がやるしかないと手術台の前に立ちますが、手が震えてしまって動きません。とうとう主人公は重傷者をほったらかしにして手術室から逃げ出してしまうのです。
まったく頼りなく情けない主人公ですが、だからこそ、これから大学病院でどうなるんだろう、とか、大学病院の矛盾や医療の現実に立ち向かう時に、どうするんだろうと引き込まれるのです。
もう一つテレビドラマの例を。やはり、ひうらさとるさんのマンガが原作の『ホタルノヒカリ』(※)の主人公(ドラマでは綾瀬はるかさんが演じました)は、干物女。
職場では仕事もできるし、服装もそれなりにおしゃれしているのですが、家に帰るとジャージ姿で髪はチョンマゲ、借家の縁側でゴロゴロ寝転がりながら缶ビールを飲むのが一番の幸せ、面倒くさいので新聞紙にくるまって寝たり、鍋から直接食べたり…そして、恋愛は面倒くさいというグータラぶり。
まあ、何となく自分も思い当たるフシが…という女性の方も多いかもしれませんが、ここまで極端ではないと思います。主人公の弱いところやダメなところを強調することで、より個性あるキャラクターにしています。
さて、どうしても悪い人を描きたいという方へ。
一番手っ取り早い方法は、強い目的(あるいは欲望)を持たせ、そのためには手段を選ばない、という人物に描くことです。
たとえばルネ・クレマン監督の『太陽がいっぱい』の主人公(アラン・ドロン)がそうですね。金持ちの友人を殺し、その財産と恋人を奪うという目的に向かって、あの手この手を尽くします。
テレビドラマ『華麗なる一族』の主人公の父、北大路欣也さん演じる万俵大介もこのパターン。万俵財閥の家長として君臨し、万俵財閥の繁栄と金融再編での阪神銀行の生き残りのためには手段を選ばず、あらゆる謀略を巡らせます。
このパターンの悪い人を描くときに気をつけてほしいのが、頭がいいこと。ちょっとでもアホだと、間が抜けて見えて悪い人に思えず中途半端になってしまいます。逆に頭が良ければいいほど魅力ある悪役に。このあたりが弱い人やダメな人を描くより、悪い人を描く方が難しいところでしょう。
※『ホタルノヒカリ』に関する浅田講師のコラムはこちらから
▼脚本の勉強法:『ホタルノヒカリ』に見る魅力的な主人公の作り方
出典:『月刊シナリオ教室』(2009年12月号)掲載の「シナリオ錬金術/浅田直亮」より
★次回は1月29日に更新予定です★
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