脚本家でもあり小説家でもあるシナリオ・センターの柏田道夫講師が、公開されている最新映画を中心に、DVDで観られる名作や話題作について、いわゆる感想レビューではなく、作劇法のポイントに焦点を当てて語ります。脚本家・演出家などクリエーター志望者だけでなく、「映画が好きで、シナリオにもちょっと興味がある」というかたも、大いに参考にしてください。普通にただ観るよりも、勉強になってかつ何倍も面白く観れますよ。
-柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その63-
『さかなのこ』「シャレード」表現で観客に事情を想像させる
沖田修一脚本・監督の新作『さかなのこ』です。もうお一人、劇作家で小説家でもある前田司郎さんも脚本に参加、沖田監督とは『横道世之介』でもタッグを組んでいらっしゃいます。
沖田監督作は、芥川賞受賞作の映画化『おらおらでひとりいぐも』を「映画のここを見ろ!その28」(※)で取り上げ、75歳で独り暮らしとなった桃子さん(田中裕子)の日常を描きながら、間に挟まれるアッと驚くファンタジーシーン、イメージシーン、幻想シーンの素晴らしさについてご紹介しました。
今回、さかなクンを演じるのん(役名:ミー坊)が、海の中で大きな魚を見て、といったシーンはありますが、それこそ幻想的に魚と泳ぐみたいなイメージシーン(そういう映像を入れたくなりそうじゃないですか!)はありません。
あえて言うならば、さかなクンというキャラクターこそが、普通じゃなくて(この「普通って何?」はセリフにも出てくるし、この映画のテーマでもあるのですが、あえて使います)、ファンタジーそのものだからかもしれません。
原作は、誰もが知ってる さかなクンが書いた 自叙伝『さかなクンの一魚一会 ~まいにち夢中な人生!~』ですが、それにしても さかなクン役にのんを起用する、すなわち女性にしてしまう、というアイデアはどの段階で生まれたのか?沖田監督にぜひ聞いてみたい。
考えてみると、誰も真似できない唯一無二といえる さかなクンは、バリバリの現役で活躍している。彼の半生を映画化するプランに、どんな俳優にやらせるとこなせるだろうか?と考えると、男優ならば比べられてしまう。
けれども、これもある意味、独特というか、唯一無二のカラーを持っている のんならば、彼女だけのさかなクンになるかもしれない。何という慧眼!実際のんは素晴らしくて、見ているだけでワクワクしてきます。
さて、今回の「ここを見ろ!」は、基礎講座とかで学ぶ「シャレード」について。「映像の鍵」とかに訳されますが、より簡単に言うと「映像表現」。
小道具とかが分かりやすいのですが、例えば主人公が誰かに渡されたモノ、この映画ならば、近所で怪しい人とされているギョギョおじさん(さかなクン)は、目立つ黄色いハコフグの帽子を被っている。
魚好きの縁で知り合ったミー坊(子供時代は西村瑞季)と、ギョギョおじさんは、楽しい時間を過ごすのですが、それが変質行為と誤解されて警察に連行されてしまう。「違う」と叫ぶミー坊にギョギョおじさんは、自分の帽子を託します。この帽子は、小道具としてのシャレード表現です。
成長したミー坊は、その帽子をトレードマークとして才能を開花させます。この帽子が、子供時代から高校生へのブリッジになっているところも注目。
それだけでなく「状況のシャレード」も。子供時代のミー坊は、魚好きを伸ばしてやろうとする母ミチコ(井川遥)と、ちゃんと(フツーに)育てるべきだと主張する父ジロウ(三宅弘城)と兄との一戸建てに住む四人家族です。
それが高校時代になると、ミー坊はいかにも中古マンションの一室に帰宅して、ミチコとの二人暮らしに変化しています。どうやら父と母は離婚して、兄は父と、ミー坊は母ミチコと暮らすようになったらしい。専業主婦だったミチコは働くようになっていて、ミー坊は釣ってきた魚を料理している。
この家族が離婚したとか、子供時代から高校時代、さらにはミー坊の一人暮らしに至る事情、経緯などは、こうした場所や状況の変化を見せるだけで、一切セリフとかで語られません。
脚本家はつい、こうした事情とか経緯をセリフにして説明したくなります。(私もですが)皆さんのシナリオは必ずそうです。
でも、この映画では語らずに(説明せずに)場面の変化で、観客に「こうなったんだな」と考えさせるように作ってあります。これが巧みなシャレード表現なのです。ミー坊の通っている高校とか、何故か学ランとかも。
以前、さかなクンと歴史学者の磯田道史先生のトーク番組を見ましたが、お二人に共通していたのが、子供の頃から先生に「他の勉強もしろ」と言われたけれど、ひたすら自分の好きなことだけしかやらなかった。
さかなクンは母親が「それでいい」と認めてくれたと語っていましたが。まさにこの映画が描いていたメインテーマでした。
今の 生き辛さが際立つ時代に、何とダイレクトなメッセージでしょうか。しみじみといろいろなことを感じさせて、ほっこりさせてくれる名作です。
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映画『さかなのこ』コメント特別映像
-柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その64-
映画『LAMB/ラム』変さ、奇想天外を成立させるリアリティ
今回は珍しいアイスランド映画の『LAMB/ラム』(以下『ラム』)です。
本作をこのコラムで取り上げようか迷いました。というのは、かなり変わっていて観客を選ぶ類いのスリラー(とカテゴライズできるのか?という疑問も湧いてくる)映画だから。
実は、これよりも前にやはり「こんな変な映画めったに出会わない」という感想を抱いたジョーダン・ピール(アカデミー脚本賞『ゲット・アウト』の!)脚本・監督の新作『NOPE/ノープ』が公開されていて、これも迷ったのですが、解説が難しいように感じて断念しました。
この『ノープ』は、ジャンル分けすると、宇宙人の侵略物SFなのですが、いろんな要素が混じり合っていて、とにかく「変!」なおもしろい映画でした。
『ノープ』はそれなりに規模も大きいSF映画なのですが、『ラム』は荒涼としたアイスランドの荒野と、そこにある一軒家の内外だけ。登場人物もそこに住むマリア(ノオミ・ラパス)とイングヴァル(ヒルミル・スナイル・グズナソン)夫妻と、弟のペートゥル(ビョルン・フリーヌル・ハラルドソン)のほぼ三人(+ヒツジ少年?)だけ。いわば真逆の映画といえます。
この『ラム』を、私は池袋の映画館のレイトショーで観たのですが、いつもはガラガラなのにほぼ満杯でした。なにより驚いたのは、衝撃の結末とラストカットの後でエンドタイトルになったのですが、そのまま場内が明るくなるまで、観客はただの一人も席を立たなかった!
明らかに観客誰もが、変さへの驚愕と奇妙な余韻に浸っていたからです。
本当は予告編もスルーしてほしいくらいなのですが、冒頭から限定されたセリフと描写で物語が淡々と進む。そこから「何が起きているのだろう?」という興味で観客を引っ張る。
私はそれなりの数の映画を観ているつもりですが、こんなに先の展開が見えない映画も珍しい。で「えっ!」という場面があり、さらに「!?」となる。
内容をなるべく明かしたくないし、皆さんもできるだけまっさらで観てほしいのですが、(ポスターや予告編にもあるように)一言でいうと、「娘を失った夫妻が、羊から産まれた何かを、自分の子供のように育てるのだが……」というとてもシンプルなお話です。でも、ジワジワと見せて(明らかにして)いく手法、運びの見事さ。
何より、羊がこんなに怖く思える映画は、史上初だと思います。
ところでYouTubeとかで見られますが、ご存じのように私は「三行ストーリー大賞」(※)や「トップシーン大賞」(※)をやっています。その中で皆さんが投稿された作品をピックアップした時に、「これ変だよね」とか「変でおもしろい」といったコメントをしています。この折の「変」は、最大級の褒め言葉です。
どこかにあったアイデアとか、お話だとどうしても「ありがち」「オリジナリティに欠ける」となってしまう。でもタイトルや設定、出だしのシーンとかで「変!」と思わせられるというのは、それだけでアイデアとして優れている、期待させてくれる何かがあるということ。
もちろん、その「変」なアイデア、設定で、シナリオとして成立させるのが次のステップなのですが。ともあれ、皆さんも型にはまったものではなく、「これは変!」と驚かせるような作品を、遠慮せずに目指してほしい。
そうそう、今回の「ここを見ろ!」はまさに、この変さ、奇想天外な設定とかを打ち出す折に不可欠なこと、それをどう描くと「あるかもしれない!」と思わせるリアリティを与えられるか?
『ラム』は、セリフで語ってしまうのではなく、羊の飼育で生計を立てている夫婦の日常の積み重ねと、そこで出来する異常事態で、リアリティ(説得力)としている。
見せるところと、見せないで観客の想像をかき立てる部分部分の描写。中盤以降、眼が離せないその存在。農場の周辺と夫妻の住む家だけという場所、それも述べたように、登場するのは夫婦二人と途中で同居する弟の三人だけ。それでもこれだけ濃密でドラマチックな物語にできるのです。
そういえば羊でふと思い出したのは、村上春樹の『羊をめぐる冒険』や『ダンスダンスダンス』に出てくる「羊男」。このアイテムと『ラム』の羊はけっして一致しないのですが、奇妙さという点では共通項かもしれない。いろいろと頭の中をかき回してくれる、とてもとても不思議な映画です。
YouTube
シネマトゥデイ
映画『LAMB/ラム』日本版予告編
- 「映画が何倍も面白く観れるようになります!」
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