脚本家でもあり小説家でもあるシナリオ・センターの柏田道夫講師が、公開されている最新映画を中心に、DVDで観られる名作や話題作について、いわゆる感想レビューではなく、作劇法のポイントに焦点を当てて語ります。脚本家・演出家などクリエーター志望者だけでなく、「映画が好きで、シナリオにもちょっと興味がある」というかたも、大いに参考にしてください。普通にただ観るよりも、勉強になってかつ何倍も面白く観れますよ。
-柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その67-
『ひみつのなっちゃん。』「シナリオの技術」の基本だけでこんなにおもしろい!
いよいよ公開される田中和次朗監督・脚本の『ひみつのなっちゃん。』です。
このコラムは基本、公開された映画を映画館で観てから取り上げるのですが、本作はマスコミ試写で早々と拝見していて、満を持してのご紹介です。
というのは、田中監督はシナリオ・センターのスタッフで、講座などの折にサポートをしてくれる仲間、同志みたいな関係です。
昨年の春頃だったかその田中さんから、「来年公開予定の映画を撮ったんですよ」と言われて、「へえ、そうなんだ」と。その時は、仲間と撮ったショートムービーとかだろうと思ったのですが、主演が滝藤賢一さんで、しっかり劇場公開されるというので、えええ?!(×10くらい)と驚きまくり。なにせ、オリジナル脚本で初監督作ということで。
しかもこの段階でも、有名俳優さんがたまたまおもしろがって乗ってくれた低予算映画で、単館系とかのポツポツ公開かなと思ったら、さにあらず。映画の出来のよさからか、メジャーな全国ロードショー公開となって、これは奇跡じゃないか! とさらに、えええ?!!(×100)。
ご存じのように日本映画界は、相も変わらずの古色蒼然です。韓国映画とかと比べると一目瞭然で、このままではどんどん遅れて(廃れて)しまうのでは、と思うのは私だけでないはず。
企画を通すためのいくつもの関門があります。多くは原作主導で進みますし、オリジナル脚本の場合も、実績のある監督だったり、何らかの資金的な裏付けがあるとかでないと、映画化に進めなかったりします。
この『ひみつのなっちゃん。』がいかにレアケースか!
でも実は田中監督が、センターの会社員として仕事をしながらも、自身で脚本をコツコツと書いていたり、仲間とショートムービーを撮ったりして、培ってきた人的繋がりを、活かしていたからこそのシンデレラストーリーなのです。
さて、肝心の『ひみつのなっちゃん。』ですが、ネタバレはしません。予告編を見てもらえば、おおよその設定は分かりますね。
新宿2丁目でドラァグクイーンだったなっちゃんが急死、仲間だったバージン(滝藤さん)と、モリリン(渡部秀さん)、ズブ子(前野朋哉さん)の三人が、郡上八幡で行われるなっちゃんのお葬式に出るために、ドラァグクイーンであることを隠して旅に出る。
まずこの設定が、分かりやすく素晴らしい。3人のドラァグクイーンの旅というと、30年前に公開された『プリシラ』を思い出します。オーストラリアの大地を舞台に、名優テレンス・スタンプら女装のゲイたちがオンボロバスで旅をするロードムービー。ネットとかで見られますのでぜひ。
ゲイの世界を描いた映画は、これより前からチラチラあったのですが、ズドンとドラァグクイーン3人の物語というのが強烈でした。
日本でもようやくLGBTQ+も認知されてきてはいますが、それでもまだまだキワモノとして見られたり、差別されたりもしています。
でも彼らも当たり前の一人の人間ですし、まずはそうしたキャラクター造型をきっちりと踏まえているところを見てほしい。
で、今回の「ここを見ろ!」は、シナリオの作りとしての基本です。
基礎講座やゼミで、講師は創立者の新井一先生が作った基本のメソッドをお教えします。まずはそれを身につけることが、その作者だけのオリジナリティを生み出すまさにベースとなるから。
『ひみつのなっちゃん。』のシナリオの作りを、そうした(習ったはずの)基本を思い出しながら見てみてほしい。
例えば基礎講座では、(皆さんが大好きな)「回想やナレーションを使わないで書いてみて」と教えます。『ひみつのなっちゃん。』は回想シーンもナレーションもありません。
物語のとっかかりでタイトルにもなっている“なっちゃん”。バージンたちには、そのなっちゃんとの過去や思い出がある。そうした思い出とかを回想シーンで出したいじゃないですか!
でもない。
なっちゃんのキャスティングもバツグンなのですが、彼が登場するのは……。
それだけでなく、バージンが持っている小道具、3人それぞれの事情や思い、【起承転結】のポイントを取り入れた構成などなど。
基本的なシナリオテクニックを守りつつ、これだけおもしろくて感動できる作品ができるのです。映画館でぜひぜひ笑って泣いて下さい。
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ラビットハウス
映画『ひみつのなっちゃん。』 予告<30秒>
-柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その68-
『エンドロールのつづき』主人公と「テーマ」を重ねることで物語となる
今回取り上げるのは、珍しいインド映画『エンドロールのつづき』です。
インド映画というと、いわゆるムンバイ(旧ボンベイ)で作られているヒンディー語の「ボリウッド映画」が日本でもお馴染みで、今もロングラン上映されている痛快娯楽超大作『RRR』がその代表です。
この『エンドロールのつづき』は、舞台となっているインドの西の端グジャラート州のグジャラート語映画で、日本でも初ということです。
そうしたことはともかく、映画ファンならば誰もが、心揺さぶられる感動作です。ぜひぜひ映画館でこそ観てほしい。
主人公は9歳のサマイ(バヴィン・ラバリ)。父親が没落して、今は駅で列車の客にチャイを売って生計を立てている。その父に連れられて映画を観たことで、サマイは映画のとりこになってしまいます。
映画館に潜り込んでもつまみだされるのですが、母が作ってくれた弁当(このインド料理のまあ、おいしそうなこと!)がきっかけで、映写技師のファザルと親しくなり、映写室へ出入りするようになります。
映写技師と少年というと、名作『ニュー・シネマ・パラダイス』が思い出されますが、本作でもそっくりのカットが登場します(意味はまるで逆ですが)。
この映画はラストに、世界の映画監督の名前が出されるのですが、名作映画のオマージュも散りばめられていて、それも映画ファンにはたまりません。
さて、今回の「ここを見ろ!」ですが、作品の「テーマ」について。「作品のテーマは?」と問われて即答できなかったり、「どんな作品でも作者には描くべきテーマがなくてはいけない」とか言われたり。
とはいえ、この「テーマ」というのは、それこそ簡単に定義できなかったりします。例えば「本作のテーマは何ですか?」と質問されても困ることが多い。描きたかったことはたくさんあるわけで、簡単に説明できないからこそ、ある程度の長さの物語として構築するのですから。
でも作者は確かに、作品を創ろうとする際に、登場人物に重ねて、「これを描くために」といった主張や、人物が目指す方向性(つまり動機と目的)を決めているはず。つまり、物語を動かす主人公の貫通行動こそが、作品のテーマと同期すると考えていい。
本作の主人公サマイがまさにそうです。映画と出会ったサマイは、母が作ってくれたお弁当と引き換えに、映写室から映画を見ます。その映画の元であるフィルムの一コマ一コマを光にかざし、光こそが映画なのだと知る。そこからサマイは、自分で光をつかまえて映画そのものになろうとします。
このあくなき行動で、仲間たち、周囲の人たち、家族も巻き込んでいきます。それはすなわち映画の歴史そのものを辿ることになる。
監督・脚本・プロデューサーのパン・ナリンは、インタビューで「自慢しているわけではありませんが、実は私は自分以上の映画ファンと出会ったことがありません」と語っています。
まさに半自伝的な映画で、サマイはナリン監督自身の幼少期が反映されているのは明らかです。
本作のテーマはひとつではないかもしれませんが、一番核となっているテーマこそは「映画愛」でしょう。
いくつもの困難が降りかかるのですが、サマイは線路を越えて、さらなる先へと突っ走っていく。そうした思いこそが未来を拓いていくのですが、これもまたこの映画のテーマでもあるわけです。
監督と主人公サマイのそうした思いが過ぎて、幾分ベタかな、と感じるところもあります。でも人を動かす(すなわち観客を感動させる)のは、人物の思い、「こうしたい」という熱意だ、ということもこの映画は教えてくれます。
少年が頑なな父親を変えるという展開(これも含まれているテーマ性といえる)だと、大好きな映画『リトル・ダンサー』を思い出しました。貧しい炭坑夫一家の息子ビリー・エリオットは、出会ったバレエを父の前で踊ることで、自分が見つけた希望を訴える。その姿を見た父は、やってはいけない最たるものであるスト破りまでしてしまう。
「映画愛」を貫くためにサマイは突っ走る。このテーマを描くための軌跡を、ていねいに綴った映画がこの『エンドロールのつづき』です。
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アカデミー賞インド代表?1/20公開『エンドロールのつづき』60秒予告【公式】
- 「映画が何倍も面白く観れるようになります!」
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