脚本家でもあり小説家でもあるシナリオ・センターの柏田道夫講師が、公開されている最新映画や、DVDで観られる名作や話題作について、いわゆる感想レビューではなく、作劇法のポイントに焦点を当てて語ります。脚本家・演出家などクリエーター志望者だけでなく、「映画が好きで、シナリオにも興味がある」というかたも、大いに参考にしてください。映画から学べることがこんなにあるんだと実感していただけると思います。そして、普通にただ観るよりも、勉強になってかつ何倍も面白く観れますよ。
-柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その87
『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』職業物も大切なのは人間ドラマ
心に染みる佳作『ホールドオーパーズ 置いてけぼりのホリディ』です。監督は『サイドウェイ』や『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』(この二作も感動的ロードムービーで、ドラマ性を高める手法の見本としても参考になります)などのアレクサンダー・ペイン。脚本はデヴィッド・ヘミングソン。
アカデミー賞では、作品、脚本、主演男優、編集など5部門でノミネートされ、ダヴァイン・ジョイ・ランドルフが助演女優賞を受賞しました。教師ハナムを演じたポール・ジアマッティは『サイドウェイ』でも主演、ペイン監督と再びタッグを組んでいます。
さてこの物語、1970年、クリスマス休暇前後のボストン近郊にある寄宿制のバートン高校を舞台としています。
ハナムは古代史を教える教師ですが、生徒に厳格に接し、有力者の子息であっても容赦なく落第させたりして、生徒たちにはもちろん、校長や同僚からも嫌われ、煙たがられています。
このハナムは、冬季休暇で実家に帰宅できずに学校に残る生徒たちの監督をすることに。居残る生徒は5人。この中に複雑な家庭の事情を抱えたアンガス(ドミニク・セッサ)がいます。もう一人、彼らに食事を提供する料理長のメアリー(ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ)も残っています。
このクリスマス休暇の数週間だけに絞り、回想シーンはありません。後半にボストンへの小さな旅がありますが、ほぼ学園内で物語が展開します。
また当初の居残り組5人で、いざこざがあったり、それぞれの事情なども描かれますが、【承】に入ってから4人の生徒はいなくなり、ハナム教師とアンガス、メアリーのほぼ3人のドラマへと絞り込まれます。
さて今回の「ここを見ろ!」ですが、こうした主要人物の事情や背景を、次第に解明しつつ、人間ドラマとして絞り込み描く手法、さらには「職業物」としてのアプローチについてです。
研修科の20枚シナリオの課題は、後半に「職業物」と「ジャンル」となりますが、結構これらが難物で、皆さんも大いに苦しんだりします。
「職業物」の課題は、主にテレビドラマなどで企画として多い5つ、「刑事」「医師」「教師」「弁護士」「記者」となっています。「刑事」や医療物としての「医師」、法廷物の「弁護士」は、手を替え品を替えドラマ化されますが、近年扱いが難しくなり、影が薄くなっているのが「教師」と、(マスコミを舞台とした)「記者」ではないかと思います。
「記者」に関してはまたいずれ述べますが、かつて盛んに作られた「教師」や「学園物」といった職業、設定について。
テレビドラマではざっと思い出すだけでも、『熱中時代』『教師びんびん物語』『GT0』『ごくせん』、さらには『3年B組金八先生』などなど。
こうしたかつての教師物に共通する要素があるとすると、“熱血教師”かもしれません。情熱的な熱い心を持った教師が主人公で、生徒たちにぶつかっていき正しい生き方に導く、というような。
けれども今の時代、熱血高じて生徒の頬を一発でもはたけば、即クビでしょう(そういえば、話題となった『不適切にもほどがある!』の阿部サダヲさんの教師がまさにこのタイプでした)。
こうしたコンプライアンス時代で、教師をどう描くか? 企画としてもとても難しくなっていて、皆さんも課題を前に頭を抱えるようです。
そこで本作がヒントになるかもしれません。ひとつは厳格な寄宿制の男子校、それも70年代の物語としている点、さらに休暇中の一時期として、3人の物語に絞り込むことで、(ある意味熱血ともいえる)教師が、まだ人生経験が浅く、さまざまな悩みを抱えた子どもとどう向き合うか? そうした教師物の永遠のテーマをしっかりと描いています。
教師自身も、理想的なよくできた人物としてではなく、実は屈折した過去や人間としての弱さ、悩みを秘めています。
ポール・ジアマッティという俳優の必然性はまさにここですが、ほとんどの人たちに嫌われている教師であること。その彼が、ひとりの教え子や、悲しみを抱えた女性と触れ合い、感情をぶつけ合うことで、変わっていく。
「教師」を題材とする際も、大切なことは「いかに人間ドラマ」として描けるか、です。それは他の職業物やジャンルであっても同様です。その一番大事なことを教えてくれる映画でもあります。
▼映画会社ビターズ・エンド 60秒予告編
-柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その88-
『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』歴史的出来事にifを放り込む
ロマンチックで、かつ笑わせてくれるエンタメ性バツグンの『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』をご紹介します。
主人公の広告ウーマン、ケリーを演じたスカーレット・ヨハンソンが、原案(ビル・カースタインとキーナン・フリン)と、ローズ・ギルロイ(女優レネ・ルッソと映画監督・脚本家ダン・ギルロイの娘)の初めて書いた脚本に惚れ込み、自らプロデューサーも買って出たというアイデア溢れる物語。
監督は、『フリー・ガイ』などのテレビドラマを手掛けるプロデューサーであり、映画『グリーン・ランタン』では原案・脚本・製作を担当したグレッグ・バーランティ。
20世紀に米ソ間で競われた宇宙開発競争、何度も映画化されているアポロ計画、それも1969年7月のアポロ11号の月面着陸は、歴史に刻まれる鮮烈な出来事でした。この連載の1回目、ニール・アームストロングを描いた『ファースト・マン』(※)で紹介しています。ただし、回想シーンについてですが。
さて『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』は、半世紀以上前の歴史的な出来事を題材にしつつ、もしかしたら、こんなこともあったかも、というifからアイデアを生み出しています。
今回の「ここを見ろ!」はまさに、この部分なのですが、そのアプローチを理解するために、もう一作、明らかにアイデアの下敷きとなっている映画がありますので、合わせて見てほしいのです。
それは1977年製作の傑作サスペンス『カプリコン・1』です。配信などで見られるようですのでぜひ。
月ではありませんが、火星に向かうはずの有人宇宙船が実はフェイクで、砂漠のスタジオに作られたセットで着陸が撮影される。それを知らされていなかった宇宙飛行士3人は、闇に葬られそうになり、疑惑を追究する新聞記者と共に、国家的隠蔽を暴こうとする。
まさに、あったかもという壮大なif(嘘)から作られていて、サスペンス、アクション映画としても秀逸なおもしろさでした。当時、製作にNASAも協力したという売り文句もあって、その大らかさも話題になりました。
で、本作はこの『カプリコン・1』の秀逸なアイデア性を、もうひとつ引っくり返した上で、こっちならあり得るし、それでももしこれが発覚したら大変なことになる、というサスペンス性も活かしています。
物語(フィクション)は、基本的に“嘘”で成立します。いかに上手に嘘をつけるか、を作家(創り手たち)は日夜必死に考え、最大限のテクニックを駆使してカタチにしています。リアリティ(説得力)さえあれば、どんな“嘘”でも、“本当の話”(のように)成立させられます。
もちろんフィクションが大きければ大きいほど、細かいところ(ディテール)をきちんと踏まえることが求められますが。
通常は登場人物や設定など、まるっきりフィクションだったりするのですが、歴史物だったり、本作のような歴史的な出来事を扱う場合もあります。
この場合は嘘の付き方に条件が加わります。つまり、いかに歴史的な事実(とされている)要因を踏まえつつ、あるかもしれない“嘘”を折り込めるか?
実は歴史物や時代劇といったジャンルは、多かれ少なかれここから出発したりしています。例えば、現代の自衛隊の一個小隊が川中島合戦に参戦する『戦国自衛隊』だったり、実は徳川家康は途中から影武者が成り代わっていたという『影武者 徳川家康』のように。
これら傑作同様、加える嘘にリアリティが加えられると、『カプリコン・1』や本作のような秀逸なアイデアの物語が生み出せるかもしれません。
そうした観点から、時代劇あるいは、明治、大正、昭和などの歴史的な出来事、通説なりを見つめ直し、巧みなifを仕込めると、誰も描いていない切り口が見つかるかもしれません。
その見本として見てほしいのですが、それだけでなく、登場人物の造型。まさに嘘(虚構)をあおることをキャリアとしている広告の世界で生きる主人公ケリー。このヒロインの登場する場面からもう、平気で嘘をつき、能力も優秀だと示しています。けれどケリーはある秘密も隠している。
ケリーは仕事として失敗続きのアポロ計画のPRを担当するのですが、ぶつかり合いつつ恋の相手となるのが責任者のコール(チャニング・テイタム)。彼も大きなトラウマを抱えています。
そしてクライマックスシーン。前半に仕込んであった伏線も「なるほど、こう来たか!」と笑ってしまうほどにうまい。
▼ソニー・ピクチャーズ 映画<予告1>
- 「映画が何倍も面白く観れるようになります!」
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