第5話では、春子が危ないところを東海林に助けられるのですが、助けられながらも喧嘩します。
S&F社に国税の査察が入り、小松政夫さん演じる嘱託社員の小笠原を、春子は無理やり倉庫に連れて行き、手書き伝票を探させます。契約を打ち切られそうになっている小笠原に、手柄を立てさせようとするのです。
見事に目的の伝票が見つかり、小笠原が運んでいこうとすると、エレベーターが故障し止ってしまいます。昇降機検査資格者の資格を持つ春子は、ロープを伝い降りて小笠原と伝票の脱出に成功しますが、エレベーターに一人、取り残されてしまいます。
そこにロープが下ろされます。春子はロープを昇り「どなたか存じませんが、ありが…」と言いかけると「気をつけろよ」と顔を出したのが何と東海林です。春子が足を滑らせ落ちそうになる寸前、東海林が手をつかみます。
東海林が引っ張り上げながら
「お前、重てえな」
「じゃ離しなさい」
「何言ってんだ、お前」
「あなたの力は借りません」
「かわいくねえな、まったく。一人で生きていけんだもんな。重たいから、さっさと上がれ」
「余計なことを」
「余計なことしてんのはそっちだろ。伝票だけ助ければいいのに、何で小笠原さんまで助けたんだよ」
「あれは業務の一環です」
「そんな業務、あんたの契約には入っていませんけど、何か」
という感じです。
しかも、やっと引っ張り上げられて「危機一髪ってとこだよ。助かってよかった」と東海林が言うと、春子は「バッチイ…手洗ってこよ」などと言いながら立ち去っていくのです。
東海林は「なんだ、なんだ、お前! 親の顔が見たいわ! おい、ロープ片付けてけ、お前は!」となります。
小笠原が見つけた伝票がS&F社を救い、嘱託契約は打ち切られなくなります。
しかし、小笠原は「春子ちゃん、あなたにだけ言うけど、私やっぱり次の更新はしないことにしたよ」と言ってきます。
春子が「私には関係ありませんが、どうしてですか?」と尋ねると「私のために、みんなで花道を作ってくれた。もう、その気持ちだけで十分だ。老兵は去るべきです」と答えます。
それに対し春子は「小笠原さん、ナマコがかっこつけないでください」と。「ナマコ? それ、私のこと?」
「かっこよく会社をスパッと去るのは派遣の専売特許です。社員なら社員らしく会社にしがみついてください」
「春子ちゃん……」
会社を人一倍愛する小笠原の気持ちを知っていて、無理することないですよ、というシーンなのですが、東海林との真正面のバトルとは違っていますが、喧嘩っぽいやりとりにしているわけです。
さらに、小泉孝太郎さん演じる里中賢介は春子の直属の上司ですが、東海林とは仲のよい先輩後輩です。それでも、喧嘩とまではいかないまでも、考え方や感じ方のズレを作っています。
たとえば第3話で「どいつもこいつも大前、大前って腹立つな。あの女、正社員の仕事に横槍入れるのが趣味なんだ」という東海林に、里中は「東海林さんは誤解してるよ。大前さんは、そんな人じゃないよ」と言います。
すると東海林は「何だよ、賢ちゃん、そんなに、あのトックリのこと知ってんのかよ」と突っこみ、答えられない里中に「なんで黙るんだよ。あのトックリはね、ブラックホールだよ。あのトックリから、いろんなものを、ものすごい重力で引き寄せて自分の力に変えてんだよ。気をつけろ、賢ちゃん」という感じです。
考えてみれば、まったく同じ考えや思いの人なんて存在しないでしょう。似てはいても微妙なところで違うはずです。
それぞれ違う考えや思いがあるからこそ、ドラマが生まれるわけです。
その違いを、しっかり描こうとすれば、喧嘩のシーンになるはずです。
これで、あなたもパラダイス!
出典:浅田直亮 著『シナリオパラダイス 人気ドラマが教えてくれるシナリオの書き方』(言視舎)P175より
シナリオ・センターの書籍についてはこちらからご覧ください。
★こちらのコーナー、次回は12月の第3土曜日に更新します★