「シナリオのテクニック・手法を身につけると小説だって書ける!」というおいしい話を、脚本家・作家であるシナリオ・センター講師柏田道夫の『シナリオ技術(スキル)で小説を書こう!』(「月刊シナリオ教室」)からご紹介。
今回は、ハードボイルド小説における描写の仕方について。そのコツとは何なのか。桐野夏生さんの小説『顔に降りかかる雨』を参考にしながら、みていきましょう。
説明と感じさせない説明を
小説の「描写」について述べています。
復習しておきますが、小説は基本的に地の文と人物のセリフで展開しますが、地の文もセリフにも「描写」だけでなく、「説明」の意図も含まれています。
その物語の設定であったり、事情や背景、情報なども文章によって、あるいはセリフによって語られます。
これをいかにもな説明調、役所の通達文とか、電化製品についているマニュアルみたいな解説文だったら、読者は数行読んだだけで放り投げてしまいます。
理想は、書かれている描写や、その人物らしい活きたセリフを読者が読むことで、映像として場面が浮かんでくる。同時にさまざまな情報が、いつの間にかもたらされているといった文章です。
小説の描写には、主に情景描写、心理描写、人物描写の3つがあると述べましたが、これらを巧みにすることで「説明」もしてしまいたいわけです。説明と感じさせずに説明をしてしまっている表現ができるか。
五感を駆使することがコツ
さて描写ですが、情景描写は視覚だけでなく、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五感も駆使することがコツです。
例えば、
【いつものように十時過ぎに目が覚めた。雨の音はもうしない。隣の部屋に四人で住んでいるフィリピン人の若い女たちが、姦しくタガログ語で何か話しこんでいるのが、ベランダの方角から聞こえてきた。この梅雨空のもと、洗濯物を外に出すか出さないかで揉めているらしい。
起き上がって、ブラインドを上げ、小さなベランダに面した窓を開けた。下を見ると、輪郭をぼんやりさせるように白い靄が新宿の街を低く覆っていた。隣のビルの「個室サウナ姫百合」の大きな看板の下半分がぼやけて見えるほどだ。十二階のこの部屋までは届いていないが、湿気と排気ガスの臭いが、いつもより濃く昇ってきていた。
「モーニン、ミロチャン」】
桐野夏生『顔に降りかかる雨』の冒頭近くの一節。私という一人称ですが、村瀬ミロというヒロインが親友失踪の謎を追いかける傑作ハードボイルド。
五感が巧みに駆使させているのを読み取って下さい。目が覚めてまず聞こえてくる隣人たちの声、窓から見える靄で煙る新宿の街の風景、梅雨時の湿気や排気ガスの臭い……
こうした情景描写で、主人公のミロが生きている雑駁な世界だけでなく、新宿という街の独特な空気感を読者に伝えています。情報だけでなく、この小説が“ハードボイルド”であることも漂わせていますね。
本作は新人ミステリー小説の最高峰とされる江戸川乱歩賞第39回の受賞作です。桐野夏生という大型新人作家の誕生を告げる記念碑的な小説ですが、こうしたメジャーな賞を目指すならば、このくらいのレベルの表現力、文章力が求められます。
ところで以前、「ハードボイルドって何ですか? 私、書きたいんですけど、どうやって書けばいいんですか?」という質問を受けたことがあります。
かなり間抜けな質問ですが、とりあえず「固ゆでタマゴみたいな小説です」と述べつつ、「そういう小説を片っ端から読んで下さい。それしかあなたが優れたハードボイルド小説を書く方法はありません」と答えました。
これはもちろんハードボイルドに限りません。優れた小説の表現を自分のものにするには、まずは優れた小説を読むしかないのです。
出典:柏田道夫 著『シナリオ技術(スキル)で小説を書こう!』(月刊シナリオ教室2016年1月号)より
※要ブックマーク!これまでの“おさらい”はこちらのまとめ記事で。
▼「柏田道夫 シナリオ技法で小説を書こう スキル一覧」
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