90歳の母とよくモメる
すぐ近所に住む私の母は御年90歳。動作こそ「冗談でやってるのか?」と思うほどスローモーだけれど、舌(毒舌)と頭脳の回転は今でもスピーディー。
先日もちょっと寄った私をチラ見、「あんたは昔から緑色が似合わんかったけど、年喰ってもやっぱり似合わんねェ」と言い放った。着ていたグリーンのコートと持っていったイチゴを顔に投げつけてやろうかと思った。
母の趣味はパソコンを使った株のネット取引。「大丈夫?」と心配すると、「昨日今日始めたわけじゃあるまいし」と鼻で笑われた。憎ったらしい。還暦過ぎた年なのに、卒寿の親に本気で腹を立てる私って、バカ?
こんなムカつく母だが、ある日ふと気が付いた。「私って、昔の母のことはほとんど知らない……」。どんな子ども、少女、青春時代を送ったのか、結婚のいきさつ、早死にした父をどう思っていたのかetc……。
母の実家の家系図も正確には覚えてない。そこで最近「親子で作るエンディングノート」という本を買ってきた。本に書いてある項目を親に尋ね、聞いたそれを直接記入していくだけで一生分の記録が残るというスグレモノ。
「これはいい」と喜び、本を抱えて訪ねたが、母には「縁起でもにゃあ。私はそう簡単に死ねせんで、そんなことはもっとあとでもいいがね(正調名古屋弁)」と一蹴され、「今は株が動いとる時だで忙しい」と、パソコンから振り向いてももらえなかった。
フテくされて帰ってきた私。『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』(2013/アメリカ/アレクサンダー・ペイン監督)を見ると、「親の過去を知ることは、理解と共感が深まるいい方法」のはずで、母に腹を立てることも減りそうなんだけどなァ……。
「いるいる」キャスティング
アメリカ、モンタナ州に住む70代のウディ(ブルース・ダーン)は、「あなたは100万ドルに当選しました」というインチキなクジ広告を信じ、1500キロ離れたネブラスカまで、徒歩で賞金を受け取りに行こうとしていた。
そんな騒ぎも既に4回目。妻のケイト(ジューン・スキップ)と長男のロスは、記憶が時々混乱するウディを老人ホームに入れたがっている。二男のデイビッド(ウィル・フォーテ)は、父にそのクジがハズレだと納得させるため、車に乗せてネブラスカに連れて行こうと決意する。
旅の途中、親戚を訪ねたり父の故郷で知人に会ったりするうち、デイビッドはそれまでまったく知らなかった過去の父と母の姿を知ることになる……。
その昔、「リーダーズダイジェスト」という本を購読していたが、時折「あなたは100万円もらえる権利を獲得しました」というチラシが入って来ていた。「まさか…」と思いつつも、一瞬期待しドッキリしたことを思い出した。
現代のアメリカで、まだこんな手口が通用するのか……なんてことはどうでもいいが、平凡な人生を歩んできた主人公の人生最後の希望が、「100万ドルの当たりくじ」というところにリアリティーがあって、ちょっと切なかった。
この映画はキャスティングが抜群。どの役も「いるいるこういうヒト」感いっぱい。父ウディ役のブルース・ダーンは「昔はハンサムだったかもしれないけれど、今は頑固で融通きかなさそうなジーサン」そのもの。白い鼻毛をはみださせているところに役者魂を感じた。
母ケイト役のジューン・スキップは「真ん丸に肥ったバーサンだけど、女子高校生時代、可愛いセクシー娘だった面影をしのばせる」ところがすごい。
抜群なのは二男デイビッドの「優しくて誠実そうだけど、今一つパッとせず、ダメ感がある」という「結婚できない男」の雰囲気を漂わせる役作り。わざわざ自分の魅力(よく見ればガタイもいいしハンサム)を隠し、いつも困り顔の二男になりきっているウィル・フォーテ(コメディ畑の人らしい)の演技力に感心した。
心ときめくものが何もない田舎町、普通の人の地味な人生を象徴するモノクロ画像がまたいい。
※You Tube
シネマトゥデイ
映画『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』予告編より
親への興味、「ネブラスカ派」か「東京派」か
「ネブラスカ」のテーマを簡単に言うなら「子どもによる親の再発見」だろう。親との旅で、デイビッドは父の朝鮮戦争従軍経験を知り、父の昔の恋人にも出会う。年をとっても知的な美人の彼女を見れば、「恋人のいる男(=父)に果敢にアタックして勝利した母」が、いかにそのころ可愛くセクシーだったかが偲ばれる。
映画は「旅を通じて、だんだん親への理解が深まり、愛情がよみがえる」という構造になっている。また、父がなぜそれほど100万ドルに固執するのかも次第に明らかになり、デイビッドがその夢をかなえてやりたいと考え始めるあたりも見どころ。ラストにカタルシスがあるのも嬉しい。
この映画を見たあと反射的に思い出したのは、「家族映画では世界最高」といわれている小津安二郎の『東京物語』だった。
地方に住む年取った両親が、東京で仕事する子どもたちを訪ねる。子どもたちは初めこそ両親をていねいに扱うが、次第にもてあまし、扱いは粗略になる。両親はそのことに文句も言わず黙って帰って行く。
母親が急死するが、子どもたちは葬式に来ても早々に引き上げていく。つまり、「親は子どもを心配するが、子どもは親をそれほど心配しないし興味もない」という構図だ。
『東京物語』の4人の子どもたちは、多分親の過去を調べたり、親の知り合いに会いに行ったりする気はないだろう。逆に親の過去を探るなんて失礼だ、親は親として敬うだけでいい、と思っているのではないだろうか。なんだかこれはこれで正しいような気がする。
自分がもっと年取った時、子ども達が親の自分について興味を持ち、ネホリハホリ聞かれたり調べられたりするのが嬉しいか……と聞かれたら、これはこれで「ビミョー」。子どもが親のワタクシメをより深く理解し見直してくれ、理解と愛情が深まるかどうか疑問だ。
そもそも聞かれたって、きっと過去を美化しそう。「親の過去なんかに興味持ってる暇があったら、もっと自分のことに精出して」が本音かも。どうやら私は「ネブラスカ派」ではなく「東京派」のようだ。
自分の過去に対し、それほど執着がなさそうな母の過去話を聞くのも、もうやめとこう。いまの母を、今の私が「ケンカしつつ見送る」かたちで行こうと肝が据わった。
※シナリオ教室連載エッセイ2014年3月号<お宝映画を見のがすな>より
★次回は4月6日に更新予定★
映画『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』データ
上映時間:115分
製作年:2013年
製作国:アメリカ
監督:アレクサンダー・ペイン
脚本:ボブ・ネルソン
配給:ロングライド
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