『かくかくしかじか』(集英社)/東村アキコ
注目ポイントはテーマ
天才的に絵がうまい!そう自惚れていた明子は美大受験のため絵画教室に通う。だがそこにいたのは想像を絶するスパルタ絵画教師で……。思わず胸が痛くなる自伝エッセイ漫画。
シナリオや小説についてなど、創作に役立つヒントを随時アップ!ゲストを招いた公開講座などのダイジェストも紹介していきます。
マンガにはシナリオ創作に役立つヒントが満載。魅力的なキャラクターとはどんなものなのか。設定だけで面白いと思わせるにはどうしたらいいのか。その答えはマンガにある!シナリオ・センターにてマンガ原作講座を担当する仲村みなみ講師の『マンガから盗めっ!』(「月刊シナリオ教室」)からご紹介。
テレビドラマ化された『東京タラレバ娘』『海月姫』など数ある東村アキコさんの作品から、今回は『かくかくしかじか』を取り上げます。自意識ばかり高い「若さ」ゆえの行動など、グッとくるシーンが満載の自伝エッセイ漫画。もし「自伝的なものを書きたいなぁ」と思っていたら、ぜひ参考にしてみてください。
注目ポイントはテーマ
天才的に絵がうまい!そう自惚れていた明子は美大受験のため絵画教室に通う。だがそこにいたのは想像を絶するスパルタ絵画教師で……。思わず胸が痛くなる自伝エッセイ漫画。
会社員だった頃の話だ。Nさんという女性の先輩がいた。真面目で厳しい人だった。「先輩は後輩を指導する役目がある。何でも相談して」と言われたが、会社勤めが性に合わず辞めることばかり考えていた私は適当にお茶を濁していた。
そんな折、社員旅行があった。Nさんはこの日も一人休日出勤していて宴もお開きという頃になって到着した。この後は各自部屋で寝るだけだったから、疲れた顔のNさんを見て正直「そこまでして来なくても」と思っていた。Nさんは勧められるままビールを飲み、貧血で倒れた。
応急手当に皆が右往左往する中、床にころがった彼女のバッグの中身がちらりと見えた。封も切られていない新品のトランプが入っていた。ドキっとした。私たちは同室の予定だった。
もしかしたら彼女は私のために無理して来たのではないか。やる気も可愛げもない後輩の私と少しでも近しくなろうとトランプを買って…。だが私は申し訳ないと思いつつも結局Nさんに真意を確かめることはできなかった。
Nさんの仕事や私への熱意や生真面目さに向き合うのが怖かったのかもしれない。かように「若さ」とは自意識ばかり高い厄介なものである。
宮崎県の片隅で育った林明子は自らを絵の天才だと思い込んでいた。「美大に余裕で入学したのちあっという間に人気少女漫画家になる」予定の明子は、高校三年で美大進学のために絵画教室に通いはじめる。
しかし「ハイ、全然下手クソでーす」
「お前これじゃどこも受からんどーッ 美大行くつもりなんかコレでーッ」
明子の甘い思い込みは絵画講師・日高健三の竹刀とアイアンクロー(プロレスの手技)によるスパルタ指導の前に打ち砕かれる。
「どれだけ手を動かしたかが全てだ。それ以外に上達の道はない」
そんな日高の信条のもと明子は美大進学を目指していく。
コミカルタッチで描かれてはいるが、全編にわたり作者(明子)の亡き恩師への感謝と懺悔が綴られている。画家ではなく漫画家になりたいのだと最後まで日高には言えず、期待を裏切り続けた作者(明子)。
「あの頃の私は本当にバカで うぬぼれ屋で
生意気で 自分勝手で わがままで 欲深くて 薄情で ずるくて 嘘つきで だから先生のことが大好きだったんだよ」
このフレーズが胸に痛い。一期一会。明日も同じ日々が続くとは限らない。懺悔も後悔も感謝も愛情も、その時に伝えないとダメだ。でも出来ない。それもまた人間なのだ。全5巻。一気に読みまた読み返したくなる作品。
出典:仲村みなみ著『マンガから盗めっ!』(月刊シナリオ教室2016年7月号)より
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