子どもの想像力をシナリオで育てる
小学生の時は、空想して楽しんでいたのに、感想文やら読解テストやらをきっかけに、なんだか書くこと=めんどくさいこと、もしくはつまらないことと感じた経験はだれにでもあると思います。
書くこと、そして、書いて考えることを、子ども達が嫌いにならないように、シナリオ・センターではシナリオの出前授業を小学校でしています。
皆さんは、小学生がシナリオを書くところを想像できますか?
しかも、たった20分程、原稿用紙の書き方を教えただけでワイワイと楽しみながら書いてしまいます。
どんな世界に生きたいかを想像する
シナリオを子供たちに書いてもらいたい!
そう具体的に考え始めたのは、2005年ころのことです。この時期は、アメリカへのテロ、そしてイラク侵攻など、世界中が殺伐としていました。私たちの生活を見ても、通勤時の自動改札で詰まろうものなら、舌打ちが聞こえてきます。
子供たちの周辺では、心ないあだ名をつける、傷つく言葉を言う、「キレる」など、自分本位な行動が目立ちます。私たちが望んでいた社会、そして子供たちに望むべき社会は、自分さえよければ良い、そんな社会でしょうか?
シナリオ・センターでは、自分のことだけでなく、相手のことも尊重できる社会になってほしいと思っています。だから地域の小学校などで、シナリオの出前授業をしています。
俯瞰する視点をシナリオが育む
一般的に、芸術による教育は、人間性を豊かにすると言われています。しかしながら、絵を描く、音楽を演奏するなど、芸術による教育の場合は、「自己」の内面を豊かにすることが主です。そこには「他者」といかに繋がるかという面に欠けています。
シナリオの場合は、ドラマに登場する人物全てを描きます。つまり「自己」だけでなく、「他者」の存在を意識します。
たとえば、ある食事風景。そこに、お父さんとお母さん、僕がいます。主人公の「僕」はイライラしています。「僕」は食事中にどんなアクションをするのか、それに対して、お父さんやお母さんは、どんなリアクションをするのか想像します。さらに、リアクションをするお父さんやお母さんのキャラクターを想像します。
「他者」の存在を意識するとは、俯瞰で物事を見るということです。「自己」を主とした見方から、「他者」の中にいる「自己」という見方に変わります。シナリオであれば、俯瞰で物事を見ることができるのです。
一人称で書く作文や、与えられた役を演じる演劇による教育にもできないことなのです。シナリオを書くことを通して、相手のことを想像できるようになるのです。
小学校で実施中の出前授業
・横浜市立矢上小学校
シナリオ・センターの活動主旨にご賛同頂いた方々のお力で、横浜市立矢上小学校の六年生二クラスに対して、国語と総合の時間に、各クラス十時間の授業を行うことができました。矢上小学校が初めての取り組みだったので、まずシナリオが書けるのかという点が心配でした。しかし、その心配は、原稿用紙の書き方を二十分教えて、すぐに払拭されました。書くことが苦手な子ほど、作文より簡単だと言って、シナリオを楽しんで書いていました。なにより、不正解がない点が気に入ったようです。
「こんなこと書いたらまずいですか?」という問いに、「問題ないよ。すごくいい!でも、そう言われた子のリアクションは?」と言うと、びっくりしながらも、嬉しそうに続きを書いていました。最後の授業では、オリジナルのシナリオを、三十分でペラ十枚以上書いている子もいました。
・港区立麻布小学校
麻布小学校では、六年生一クラスに対して、国語の時間を使って、四時間の授業を行いました。今回は、十一月に行われる劇の発表に向けた事前学習という位置づけでした。そのため、演じることを念頭に、キャラクターによって、セリフやしぐさ、気持ちの表れにどんな違いが出るかを、シナリオを書くことを中心にフォローしました。
担任の先生は、「キャラクターの感情をくみ取って、セリフやト書が書けるとは思っていなかった、セリフの言い方やしぐさの付け方を工夫できるとは思っていなかった」と驚かれていました。
遊園地の待ち合わせに友達が来ないという設定のシナリオでは、遅れている子を心配する子、先に行こうとする子など、キャラクターの設定から、セリフの書き分けまで出来るようになりました。
・港区立青山小学校
港区立青山小学校では、毎年5年生の国語の「物語をつくろう」という単元の際に、シナリオを使って授業をしています。青山小学校では、毎年必ず授業をするという形になって、4年が経っています。さまざまな企業と連携しながら授業を組み立てている学校として、多くの注目を集めている学校です。
【先生からのご感想】
生徒たちは、シナリオを創ることに楽しさを覚えたり、班で相談したり協力したりしながら、一つのものを作り上げていくことに充実感を覚えていた。担任としては、クラスを客観的に見ることができ、今後の学級作りに活かせると思った。
シナリオだからこそ、創造力を豊かにできる
実際に小学校での活動を通して、子供たちの溌剌とした想像力に驚きました。
一方で、自分や相手のことを「想像する技術」、「表現する技術」の乏しさも感じます。子供たちは、豊かな想像力を発揮するだけの「技術」を持っていないのです。これからの子供たちに必要なのは、「相手の気持ちを想像しましょう」というお題目よりも、「どう想像するか」、「どう表現するか」という「技術」ではないでしょうか。
「人間をいかに見るか」、「いかに表現するか」というシナリオ・センターの「シナリオの技術」が、子供たちの想像力を引き出すツールになります。
創設者の新井一は、シナリオを書くために必要なのは、他者や社会とのつながりの中で、自分の心を観察することだといっています。(新井一『シナリオの技術』p89)
シナリオを書く時の発想は、今この社会を生きづらいと思っている、すべての人に必要な発想ではないでしょうか。