脚本家でもあり小説家でもあるシナリオ・センターの柏田道夫講師が、公開されている最新映画を中心に、DVDで観られる名作や話題作について、いわゆる感想レビューではなく、作劇法のポイントに焦点を当てて語ります。脚本家・演出家などクリエーター志望者は大いに参考にしてください。
柏田道夫の「映画のここを見ろ!」 その1
『ファースト・マン』の回想シーン!
今回取り上げるのは、現在公開中の『ファースト・マン』。
我々世代は息を呑んでテレビ中継を見つめた記憶があります。人類初めて月面を歩いた宇宙飛行士ニール・アームストロングの挑戦と、支えた家族愛、仲間たちの物語。監督は『ラ・ラ・ランド』のデイミアン・チャゼル。
脚本は『スポットライト 世紀のスクープ』や『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』など、実話をおもしろく見せるジョシュ・シンガー。
主人公のアームストロングはライアン・ゴズリングが演じています。
今回この映画で見てほしいのは「回想」シーンについて。
今のドラマや映画(特に邦画ね)は、これでもかこれでもかと、いわゆる「回想」シーンが当たり前のように出てきます。
これに親しんでいる初心者も、習作やコンクール応募作とかでも当たり前のように書いてきますし、特に基礎講座で学び始めた受講生が、真っ先に使いたがるのがこの「回想」です。
「回想は本来難しい手法だし、流れを止めることが多いので、習うまで使わないでね」と釘を刺すのですが、皆さんそれを使うと映像表現だ、と思うみたいで、安直に使いたがる。
人物が道を歩いているファーストシーンとかでいきなり、「回想」で、昨日の会社での出来事になったりします。
ですがハリウッド産のエンターテイメント作なんかは、流れを止める「回想」を極力使わないようにしています。
で、『ファースト・マン』もその基本に沿って、回想シーンなしで主人公ニールが、テストパイロットからアメリカの国家的なプロジェクトである月面着陸の、まさにファーストマンになるプロセスを、丹念に(時間軸を追いながら)描いていきます。
そうしたら、ある場面だけに1カ所だけ回想シーンが入るのです。
ネタバレになるのでこれ以上は言いませんが、これぞ「見事!」な回想シーン。もう涙、涙……(あの伏線小道具も含めて)
まさに考えて考えて考え抜いて、ここぞ! というところに入れている必然としての「回想」シーン! これを学んで下さい。
もうひとつ、余計な説明を排除して、余韻を観客に委ねるラストシーンも素晴らしい。そこもしっかり見てね。タイトルバックも最後まで。
※You Tube
ユニバーサル・ピクチャーズ公式
『ファースト・マン』特報より
柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その2
『スリー・ビルボード』の「回想と秘密」
第1回目は公開中の映画『ファースト・マン』の、1回だけ出てくる「回想」シーンをしっかり見てね、と述べました。
これで思い出したのが、昨年公開された『スリー・ビルボード』。このほど発表された2018年度「キネマ旬報」ベストテン、外国映画部門では見事に1位に輝きました。
アカデミー賞では、有力視されていたものの作品賞と脚本賞は逃しましたが、フランシス・マクドーマンドが主演女優賞、サム・ロックウェルが助演男優賞を獲得しました。脚本・監督はマーティン・マクドナー。
ずいぶん話題になりましたし、ご覧になった方もたくさんいらっしゃると思います。見てない人はただちに観ましょう!
大傑作、脚本としても見本のように素晴らしい。
語りたいことは山ほどありますが、今回は特に「回想」シーンについて。
その前に、シナリオ・センターでは基礎講座の後半にようやく「回想とナレーションの手法」という項目があって、「本当は難しいんだよ」とか「安易に使うとつまらなくなるからね」と話します。皆さん半信半疑のようです。
それはともあれ、この回の宿題が「回想・秘密」です。「回想シーンを使っていいので、主人公が抱えている〝秘密〟がここで明らかになる、というような使い方をしてね」と注文をつけます。
述べているように回想を安易に使うと、物語の進行を妨げたり、単なる説明になってしまう怖れがある。連ドラとかで当たり前のように使われている回想の7、8割方がこれです。
そこで『スリー・ビルボード』ですが、ご覧になった方、中盤あたりで主人公のミルトレッド(フランシス・マクドーマンド)の回想シーンが、1カ所だけ入るのを覚えていますか?
(以下、若干ネタバレします)
そう、そこでまさにミルトレッドの心の中、実は抱えていた秘密がこの回想シーンで明らかになる。
7ヶ月前、彼女の娘のアンジェラが自宅に続く道、うち捨てられて立ったままの3枚の看板のところで、レイプされた上に焼き殺されたという事件があった。まるで捜査が進展しないことにいらだったミルトレッドが、その看板に警察署長ウィロビー(ウディ・ハレルソン)を糾弾する広告を掲げる、というところから物語は始まります。
黒人差別が色濃く残る中西部の田舎町で、町民からも慕われているウィロビー署長攻撃とその強烈な抗議方法に、ミルトレッドは様々な嫌がらせや攻撃にさらされる。
中でもレイシスト(差別主義者)の警官ジェイソン(サム・ロックウェル)から露骨に怒りをぶつけられる。
それでもミルトレッドはめげずに戦うのですが、それは娘を無残に殺されたことへの怒り、憤懣ゆえかと思いきや……
それだけではなかった。その秘密が明らかになるのが、1カ所だけある回想シーン。ここで、惨殺された生身の娘の姿を(観客に)見せておくというのも効果もあります。
それにしても、このシーンで発せられた娘と母親のセリフも注目。喧嘩ゆえに売り言葉に買い言葉ですが、これが母と娘の最後のやりとりとなってしまった!
回想シーンによるまさに秘密の暴露なのです。
もうひとつだけ「ここを見ろ!」をいうと、とにかくキャラクターです。主要人物3人の一面ではない造型。そこから紡がれる物語としての意外性。我々観客の予想なんて見事にひっくり返すストーリー展開の妙は、彼らの人物ゆえだということも納得できるはず。
※You Tube
東京国際映画祭 Tokyo International Film Festival
『スリー・ビルボード』予告編 | Three Billboards Outside Ebbing, Missouri Trailerより
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