脚本家でもあり小説家でもあるシナリオ・センターの柏田道夫講師が、公開されている最新映画を中心に、DVDで観られる名作や話題作について、いわゆる感想レビューではなく、作劇法のポイントに焦点を当てて語ります。脚本家・演出家などクリエーター志望者は大いに参考にしてください。普通にただ観るよりも、勉強になってかつ何倍も面白く観れますよ。
-柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その11-
『ゴーストランドの惨劇』 絶品ホラー! 張り巡らされた〝伏線〟に注目!
今回は特別編といいますか、ホラー映画大好きな私として、ぜひ同好の方々におオススメしたい『ゴーストランドの惨劇』です。
ホラーはまったくダメという方にはスルーして下さい。でもホラーはあんまり(とか、積極的には行かない)という方でも、脚本の秀逸さということで学べる点がたくさんあります。あるいはサスペンスの手法としても巧みな設定、構成になっています。ただし、ネタバレするとおもしろさが半減する映画でもありますので、なるべくしないようにポイントをお伝えします。
脚本・監督はフランス人のパスカル・ロジェ。フレンチホラーという伝統があって、『マーターズ』という傑作ホラーで有名になり、アメリカに呼ばれて『トールマン』という異色ホラーを撮ったこのロジェ。さらには、『ハイテンション』で一躍名前をあげ、やはり渡米したアレクサンドル・アジャ監督(秋に『クロール-凶暴領域-』が公開予定)などが活躍しています。この2人の共通項は、ありきたりのホラーではなく、常に新味を追求することと、自身で脚本も書くのですが、その脚本を練りに練った上で映画を作っている点でしょうか。
『ゴーストランドの惨劇』ですが、新味ということもあるのですが、過去の名作ホラーの要素(それも怖いとこ取り)もしっかりとしていて、ホラーファンを喜ばせてくれます。で、脚本が練り込まれていると言いましたが、今回注目なのは、まさにストーリーの展開、運びとして、絶妙に張り巡らされている〝伏線〟です。
シナリオ技法で、おもしろく展開させたり、省略を効かせる欠かせない高等テクニックが〝伏線〟です。ディテールであったり、要素、小道具といったものを前もって見せておいて、後で繋がせる手法。
この〝伏線〟は、いろいろな盛り込み方があります。観客にミエミエになっていい場合もあるのですが、でも「やっぱりな」とガッカリさせたら失敗です。逆に「そういうことか!」とか、「ここに繋がるのか!」となれば、絶妙に伏線が張られているということになるわけです。
『ゴーストランドの惨劇』の冒頭は、亡くなった叔母の家にクルマで向かおうとしているシングルマザーの母と双子の娘たちから。内気ながら小説家を夢見ている妹のベスが披露するホラー物語に、奔放で現実的な姉のヴェラがケチをつける。運転している母のポリーンは、ベスに「あなたは才能がある」と励ます。
途中でキャンディ売りのトラックとの些細な出会いや、雑貨店でベスが見る「家族惨殺」事件の新聞の一面。これらは観客にも分かりやすい伏線でしょう。
一家が相続した叔母の家は、まるっきりのホラーハウスで、怖い人形やら仕掛けに溢れているのですが、まあこれもホラー特有のお約束です。
そこから怒濤のサスペンス、ホラー展開になるのですが、そうした見せ方はかなり演出の領域になります。俳優さんによる迫真のアクションやら、驚かし方やら、カット割りとか音楽とか音響とか。
私はそのあたりから、映画館の肘掛け掴みっぱなし。さすがにロジェ!
それはそれとして、この物語は引っ越してきた一家に降りかかる恐怖体験から、一気に16年後に飛び、ホラーの売れっ子作家になったベスの視点で物語が展開します。
小説家のラブクラフトを崇拝し、オタク的ながら小説家としての才能を持っていたベス。対照的なヴェラ。実はこの二人のキャラクターも絶妙な〝伏線〟となっていることが分かってくる。姉のセリフとかにも伏線が張られています。
もうひとつ、セリフはほとんどない姉と弟の設定も注目。何の説明もしていないけれど、いくつもの伏線で分かる分かる。
ホラーダメという人も、毛嫌いせずに、ホラーだってやっぱり脚本! と認識できる快作ですよ。かなり怖いけど……
※You Tube
シネマトゥデイ
少女に迫る恐怖…映画『ゴーストランドの惨劇』本編映像より
-柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その12-
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』時代と事件をどう描くか?タランティーノ独自の手法
前回は特別編として、ポピュラーと言い難い(好みを限定する)ホラー映画の『ゴーストランドの惨劇』をご紹介しました。
今回もかなり似た(ホラーではないが)路線とも言える『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』について。偉大なるオタク監督(脚本も)クエンティン・タランティーノの新作。タランティーノは彼でしか撮れない映画を常に追求します。オタク監督と言いましたが、作家性の強い創り手です。別の言い方をすると「一般受け」しようなんて思わない(たぶん)。自分が撮りたいように撮る。
実際、映画館はそれなりにお客さんが入っていて、クライマックスで私を含めて数人(ほとんど男?)が大笑いしていたのですが、終わってから周囲を見回すと、多くの若者、特に若い女性客たちの顔に、とまどいとか怒りとか不信感とかがまぜこぜになって浮かんでいるように見えました。
これは勝手な私の解釈ですが、おそらく彼ら彼女らは、スターのブラッド・ピットとレオナルド・ディカプリオが出ているスカッとするエンタメ映画を期待して、楽しむつもりで来たのではないか?その2人が恋をしたり(奇妙な友情はあるといえばあるが)、アクションで体を張るわけでもなく(近い場面もあるが)、ストーリー(本筋)と関係のない会話をダラダラしたり(いつものことだが)、特に関連しそうもないシーンが続いたり、おまけにあのクライマックス! ありゃ、何なんだ? ではなかったのか。
そこがすなわちポピュラー(一般受け)でない映画という意味。そうしたタランティーノタッチとも言える映画は、前々作『ジャンゴ・繋がれざる者』やその前の『イングロリアス・バスターズ』あたりから顕著でしたが、本作はより強まったように思います。タランティーノよ、どこへ行く?
ところでタランティーノは映画作法の革命児なのですが、拙著『エンタテイメントの書き方3』で、『パルプ・フィクション』を取り上げ「多視点・時間軸連環型」として、その構成を表にして解説しました。よかったら映画を再見しながら読んでみて下さい。実は綿密に計算された脚本の造りが分かると思います。
3つの大きな物語を、それも時間軸を前後させて、シーンをパズルのように並べていく。この映画がヒットし、アカデミー賞の脚本賞を獲ったりしたため、以後時間軸をいじくり廻して展開させる、という手法が流行るようになりました。ですが、多くが失敗していますし、特に新人とかが表面だけ見て真似すると、ただのこねくり回したドラマ性の薄い脚本と化してしまいます。
そう、タランティーノ映画は大いに毒を含んでいて、今回の『ワンス~』はその極み的な作品と言えます。シナリオの基本とか定型、踏まえる作法的なことからあちこち逸脱している。それが許されるのは、タランティーノだからで、しかも(圧倒的に)新しくておもしろいから。
では、この映画のどこを観てほしいのか? シナリオの展開などは参考にしなくていい(むしろあまりならない)。注目は1960年代(半世紀前)の空気であったり、実際に起きた大事件を踏まえた上で、どのようにifを加えているか? 過去(それも特別な時代を感じさせる時期)を描こうとして、再現ドラマ的に事実を追うといった手法はオーソドックスなやり方です。それはそれで正しい。
もうひとつ、事実を踏まえた上で、まったくの嘘をつくという描き方があり、それがうまく出来ておもしろくなると、誰も描いていない作品になります。特にこの映画の場合は、実際に起きた「シャロン・テート事件」が物語の核となっています。上記の若い観客の反応は、この事件について何も知らずに観たため、「何これ?」となったのかと思われます。
こうした描き方も、まさに「一般受け」なんて考えていないタランティーノの独自の手法なわけです。ですから、これから観る人はしっかりと「シャロン・テート事件」についての予備知識を持った上で臨んで下さい。そういう描き方もアリということで。
※You Tube
SonyPicturesJapan
映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』予告 8月30日(金)公開より