-柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その13-
『風をつかまえた少年』これでもかと主人公を追い詰める困難で感動に繋げる!
東京地区の公開が8月頭で、若干時期を逸したのですが、評判を呼び引き続き劇場を変えて上映されていますし、これから順次地方でも公開されるということで取り上げることにしました。感動実話の映画化『風をつかまえた少年』です。まあ、泣ける泣ける、心揺さぶられます。文句なしの感動作です。
脚本・監督はキウェテル・イジョフォーですが、主人公のウイリアム少年(マックスウェル・シンバ)の父親トライウェル役も演じています。彼は副主人公的に重要なキャラクターですし、企画を立ち上げてから10年を要し、しかも長編初監督ということで、本作にかけた思いが分かります。
アフリカ大陸の南東部にあるマラウイという国を知っている人は少ないでしょう。大変に貧しい農業国で、それも雨水に頼っていて、洪水や干ばつなどの自然災害に左右される。そうした国で、1人の少年が学校の図書館にあったエネルギーの本から学び、自分の手で風力発電の装置を作り、水をくみ上げることに成功、乾いた畑に水をもたらした。この実話が本になり映画化に繋がりました。
主演のウイリアム少年を演じたシンバの素晴らしさ、アフリカの大地、舞台となったマラウイの自然のリアリティ、物語当時(2001年)この国が置かれていた政情や、教育体制といった実情も、もちろん物語背景としてしっかりと描かれています。どうしても恵まれているはず(特に教育という面で)の先進国日本と比べてしまったりします。
それはそれとして、脚本家志望者に見てほしい点こそが、主人公の追い詰め方。この国に生まれたウイリアム少年は、自らの運命や置かれた境遇を嘆いたりせずに、ただ「学びたい」という思い、さらには貧困にさらされる家族や村の人たちを「助けたい」という願いで前に進もうとします。
あまりネタバレしませんが、一部だけあげると、念願の中等学校へ通うようになるのですが、学費を全額納めないと図書館に入ることさえ許されない。結局、払えずに校長から「出て行け、退学だ」と追い出されてしまう。この図書館に「エネルギー」の本があって、これを見てウイリアム少年は風力発電の仕組みを知るのですが、その出会いさえも阻まれてしまう。
これだけでなく、彼の前途を阻む困難が次から次へと襲いかかる。浅田講師流に言うと、まさに「主人公を困らせる」「困ったちゃんをぶつける」です。
こうした展開の解決法となると、つい彼を助けてくれる味方とか仲間、心ある大人とかが現れて、手を差し伸ばしてくれる、としがちです。もうすぐ終わる某朝ドラみたいに、一生懸命に頑張っているんだから(あるいはヒロインがカワイイから?)と、周囲の人が寄ってたかって助けてくれて、よかったよかったチャンチャン的な。
でも、この映画のウイリアム少年は一生懸命だけれど(というより必死にならざるを得ない)、誰も助けてくれない! 何の力ももっていない彼は、自分の熱意と頭脳だけで、雨のように降りかかる困難、障害、カセと、正面から(時にはいくぶんの裏技を使いながら)切り拓いていきます。彼を心から愛している父親さえも、大きな壁として立ちはだかる。だからこそ、あの〝瞬間〟のシーンに涙が溢れます(でも、それさえも事実としてあっさりと見せていく)。
主人公の境遇を作り、動機と目的を定めつつ、容赦なく障害、困難をぶつける。物語を進めるためにけっして安易な手を使わない。そうした中で、さて主人公はどうするだろう? 作者は主人公になったつもりで必死に考える。そこから、おもしろい、観客の心をつかまえる物語が築かれることを、この映画は教えてくれます。まさに『感動をつかまえた脚本』です。
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シネマトゥデイ
映画『風をつかまえた少年』本編映像
-柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その14-
『アド・アストラ』徹底一人称的に物語を運び、観客と宇宙を旅させる
ブラッド・ピット主演のSF大作『アド・アストラ』。この手の映画に珍しくそこそこのヒットしているようですが、評価が二分されているようです。
設定とか予告編の作りが、ミステリー色溢れていて、しかもブラピということで、『ワールド・ウォーZ』みたいな近未来型(ってもゾンビものなんだけど)アクションか、あるいは公開中のタランティーノの『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』みたいなぶっとび宇宙映画かと思いきや……
そのミステリー要素というのは、ブラピ扮するロイの父クリフォード(トミー・リー・ジョーンズ)は、伝説的な宇宙飛行士で、宇宙人探索計画のリーダーとして16年前に海王星へと出発したまま消息を絶っていた。その父が生きていて、しかも彼の行っている実験のせいで、太陽系が消滅してしまうかもしれない。ロイは父の安否を確かめ、その実験を阻止するために、地球から月、火星と、様々なトラブルに遭遇しながら、太陽系の果てまで旅をする……
途中それこそ主人公ロイを困らせる事態、事件が次から次へと、といった展開になるのですが、むしろ主体として描かれるのは、ロイの孤独、英雄としてあがめれていた父への息子としての複雑な心理、揺れだったりします。ブラピの出演というと、テレンス・マリック監督の『ツリー・オブ・ライフ』という哲学的な映画がありますが、これに近いSF映画と言えるかもしれません。
ハラハラドキドキの回避方法、さらに宇宙力学、クリフォードの描かれ方やロイとのやりとりなどなど、それなりにツッコミ所満載だったりします。
それはそうとして、今回脚本家志望者に脚本の作りとして注目してほしいのは、視点者、主人公による物語の展開のさせ方です。
シナリオは基本三人称多視点で書かれます。主人公も脇役も人物指定をして、行動をト書で指定して、その人物のセリフというように。小説との表現の違いは、まずここだったりします。小説は一人称か三人称でも基本は三人称一視点です(※このあたりの手法の違いはシナリオ・センター公式サイトの「シナリオ技法で小説を書こう」を読んでね)。
もちろん、シナリオでも基本は主人公を中心に物語を運ぶのですが、当然、主人公がいないシーンがあったりします。
ところが、稀に主人公の行動をひたすら追いながら物語を展開させる「一人称的」展開の映画があります。つまり、主人公が最初から最後まで出ずっぱり。どのシーンも基本として主人公の行動を追い、そこで別の登場人物と会って話をしたり、事件に遭遇して、さらに次の場所に行って……
例を挙げると名作『卒業』はこれ。ダスティン・ホフマン扮するベンジャミンの行動をひたすら追いかける。彼が出てこないシーンはありません。本作がこれです(たぶん)。ブラピ扮するロイの行動を追い、彼の思いや過去、妻とのフラッシュバックも入ります。(たぶんというのは、途中でそうだと気づいたので、もしかしたらロイのいないシーンがあったかもしれません)
この手法、主人公視点のみでシナリオを通す描き方は、結構難しいです。映像手法は、主人公以外の人物たちのドラマや、主人公が知らない事情とか背景とかを入れた方がよかったりします。ですが主人公の行動に限定すると、主人公に同化させやすくなる反面、単調になりがちです。書く側に覚悟が求められる手法だったりします。
そうした手法はともあれ、この映画の宇宙の旅感覚は素晴らしい! 宇宙空間の静謐さが主人公の孤独と重なり、一人称的手法ゆえに、ロイとひたすら無限の宇宙を旅している感覚になります。
それゆえにできればI-MAXのような音響もいい大画面でこそ観てほしい。観るべき映画です。そうした感覚を、最初に体験させてくれたキューブリックの『2001年宇宙の旅』の精神を継ぐSF映画であることは間違いありません。
※小説の人称・視点についてはこちらの記事【小説の書き方まとめ!小説家になるには? 柏田道夫「シナリオ技法で小説を書こう」スキル一覧】をご覧ください。
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20世紀フォックス映画公式チャンネル
映画『アド・アストラ』予告編 9月20日(金)公開