やってはいけないことというのは2種類あります。1つは、一般的に誰にとってもやってはいけないこと。もう1つは、ある限られた世界において、やってはいけないとされていることです。
例として連続ドラマ『ブラックジャックによろしく』を観てみたいと思います。
主人公は、妻夫木聡さん演じる斉藤英二郎。名門とされる永禄大学医学部を卒業、永大付属病院で研修医として働いています。研修医の月給は3万8千円。医者の息子は親に仕送りをしてもらって生活できますが、教師の息子で上京し一人暮らしをしている斉藤はアルバイトをせざるをえません。夜間、ほかの病院の救急の当直をやるのですが、やっとまともに注射がうてるぐらいの研修医には経験も技術もありません。
ところが、ある夜、一人で当直をしなければならなくなり、そこへ交通事故で重傷を負った患者が運びこまれてきます。自分の手に負えないと思った斉藤は勤務医に電話をしたりしますが連絡が取れません。看護師に叱咤され、自分がやるしかないと患者に向き合いますが、手が動きません。
ついに斉藤は患者に背を向け逃げ出してしまうのです。目の前に死にかけている人がいて、それを見捨てて逃げ出してしまうことは医者じゃなくてもやってはいけないことです。
その後、処置室に置き去りにされた鈴木京香さん演じる看護師・赤城カオリは患者の気道を確保しようと喉に注射針をうち、さらにメスを使おうとします。しかし、それは看護師には許されていない医療行為です。なので同僚の看護師は力づくで止めようとします。
でも、何もしないでいたら患者は確実に死ぬのです。カオリは看護師としての資格を失うことを覚悟でメスを使います。目の前に死にかけている人がいて何とか助けようとすることは、やってはいけないことというわけではありません。
しかし、看護師に許されている範囲を越えて医療行為をすることは、やってはいけないことになります。
もう1つ『ブラックジャックによろしく』の例を。研修医として第二内科に派遣された斉藤は、心臓バイパス手術を必要とする患者の担当となります。
ところがカオリから「手術なんて、やればやるほど上手くなる。心臓手術の場合、一人の医師が技術を維持するのに必要なオペの回数は年100回。なのに永大の手術室の記録では去年は年12回。しかも人工心肺を使ったオペしかしていない」と聞かされます。
担当する患者は人工心肺を使うと脳梗塞になる可能性がきわめて高く、この患者の心臓バイパス手術を永大付属病院で行うと成功の確率は低いことが分かるのです。
しかし、永大付属病院の心臓外科医は権威のため成功率が低いことを認めようとしません。斉藤は、より経験のある成功の可能性の高い病院を探し始めますが、それは大学病院への裏切りでありクビになるかもしれません。
本来、手術が成功する可能性が高い病院を探し、失敗する可能性が高い病院から患者を移すことは、やってはいけないことではありません。でも、大学病院という世界では決して許されないことなのです。それでも斉藤は成功の可能性の高い病院を探そうとしますが、どこも永大に睨まれることを怖れて受け入れてくれません。
また研修医の仲間は斉藤がクビにならないよう病院探しをやめさせようとします。さらに、斉藤の母親が上京してきます。永大付属病院をクビになれば親に心配をかけてしまいますし、借金までして医大に通わせてくれた両親の苦労が水の泡です。
じゃあ、患者を、このまま放っておけるのか?永大付属病院で手術を受け死んで行くのを見て見ぬふりできるのか?
斎藤はカオリから、永大の権威など気にしない一匹狼の、1年で250件の心臓バイパス手術をこなし人工心肺を使わず心臓を動かしたまま直接オペをする心臓外科医のスペシャリストを紹介してもらい会いに行きます。
一方、当直のバイトが突然キャンセルになったり患者を担当させてもらえず雑用だけをさせられたり次の研修先の第3外科から受け入れ拒否されたり永大の妨害を受けます。が、何とか患者を退院させ、ついに心臓外科医のスペシャリストの病院で手術を受けさせることができるのです。