脚本家でもあり小説家でもあるシナリオ・センターの柏田道夫講師が、公開されている最新映画を中心に、DVDで観られる名作や話題作について、いわゆる感想レビューではなく、作劇法のポイントに焦点を当てて語ります。脚本家・演出家などクリエーター志望者は大いに参考にしてください。普通にただ観るよりも、勉強になってかつ何倍も面白く観れますよ。
-柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その29-
『燃ゆる女の肖像』主要人物を絞り込んでドラマを掘り下げる
映画館通いを飽きもせずに続けるのは「よかった、今年はこんな映画に出会えた!」という無上の喜びに浸るためだったりします。
ただ、そう思わせてくれるような作品は一年に一作か二作、それなりに量をこなさなくては出会えませんし、口コミや前評判とかも多少はありますが、自分の勘、嗅覚をもっぱら頼りにしています。
今年のそんな幸運を感じさせてくれた映画は、映画館自粛公開明けに出会った韓国映画『スウィング・キッズ』(封切り時ではなく二番館でしたが)と、そして今回ご紹介するフランス映画『燃ゆる女の肖像』です。
脚本・監督は『水の中のつぼみ』のセシーヌ・シアマ。まだ40歳ということで、すごい監督が現れました(脚本の完成度も高い)。それとどの場面もまさに泰西名画という趣きですが、撮影のクレール・マトンも女性で、キャストも含めて本当に女性たちによる(現在のMeToo運動にも通じる)映画です。
18世紀のフランスの物語ですが、構成としては、基礎講座の「回想」の手法のひとつとして習う「サンドイッチ型回想法」。
若い女性たちに絵画を教えるマリアンヌ(ノエル・ミラン)が、「燃ゆる女の肖像」と名付けた一枚の絵から、過去の出来事を振り返る。
マリアンヌはブルターニュの孤島にある貴族の館にやってくる(このボートで起きるアクシデントとマリアンヌのリアクションは、主人公らしさを表現している)。館の主である伯爵夫人(バレリア・ゴリノ)の依頼は、娘エロイーズ(アデル・エネル)に、悟られないように肖像画を描くこと。
肖像画はお見合い写真みたいなもので、エロイーズをイタリアの貴族に嫁がせるため。前の画家は彼女に拒絶されて完成できなかった。マリアンヌはエロイーズの監視役兼話し相手として雇われたことになり、記憶を元に肖像画をなんかとか描き上げるが……
さて、今回特に注目してほしいのは、人物造型の配分について。
基礎講座の最初に、主人公(と副主人公)はラウンドキャラクター(円型人物)で、脇役はセミ・ラウンドキャラ(半円型人物)、端役はフラットキャラ(扁平人物)として描く、ということを習います。本作はまさにそうした描き方のサンプルのような人物配置になっています。
主人公は語り手でもあるマリアンヌで、全部が詳細に描かれるわけではないのですが、父が肖像画家で継いだことや、おそらく実りなく終わった恋愛経験とかがあって、生涯独身を貫くことにしたという過去がある。そして肖像画を描かれるエロイーズもほぼ主人公と同列で、修道院にいたが姉の自殺で縁談のために戻された。
この二人の(あの時代では特に許されない)恋愛が描かれるのですが、もう一人、館に住み込んでいる使用人のソフィが重要な脇役です。ソフィを巡って三人の女たちによるある出来事が展開しますが、そうなった要因とかは詳しく語られません。
四番目の人物はエロイーズの母の伯爵夫人で、出番としては数回だけ。彼女の夫(つまりエロイーズの父)とか、見合い相手とか男は出てきません。
端役としてセリフのある男も出て来ますが、本当にフラットキャラです。つまり物語は、ほぼこの四人の女性たちだけで展開します。
さらにサンドイッチの中身となる物語部分は、この孤島と館の内外だけ、(ここでの十数日間には回想シーンはありません)、マリアンヌとエロイーズの二人の女が、肖像画を描くということで見つめ合い、語り合うことで、次第に愛し合うようになる。
この女性を演じる二人が素晴らしい。彼女たちを見ているだけでも眼福なのですが、クレール・マトンによる映像の美しさと、音楽を排除して自然の音を活かした音響も絶妙で、まさにスクリーンでこそじっくりと浸りきれる映画らしい映画です。
そしてあのラストシーン! いろんな人と語り合いたいという意味でも、今年の大収穫の映画です。ぜひぜひ映画館で観てほしい。
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【公式】映画『燃ゆる女の肖像』本予告 12/4公開
-柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その30-
『ハッピー・オールド・イヤー』小道具の一つ一つに物語を与える
日本では公開されることが多くないタイ映画『ハッピー・オールド・イヤー』をご紹介します(タイトルは「ニュー・イヤー」じゃないところがミソ)。
公開している映画館も少ないのですが、脚本家志望者には特に、ぜひぜひ観ていただきたい。というのはアイデア、設定がシンプルでも、これだけおもしろい物語、ドラマが描けるのだ、ということが学べるから。
ところで近年のタイ映画で、真っ先に思い出されるのは『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』(17年)という青春映画(ネットとかで観られます!)。学生たちがあらゆる手(カンニング)を使って、テストを突破しようするという内容。これが実に痛快でかつ心に沁みる佳作でした。
本作はこの映画の製作会社で、しかも強く印象を残したチェティモン・ジョンジャルーンスックジンという長~い名前のヒロインが今回も主演。元々モデルだったというチェティモンさんですが、上戸彩さんをグ~ッと長身に伸ばして15頭身(実際は9頭身らしい)くらいにした感じです。
このチェティモン扮するジーンは、スウェーデンにデザイン留学してバンコクに戻った新進デザイナー。実家のビルは、父がやっていた元楽器修理屋兼音楽スクールで、今はカラオケで憂さを晴らしている母親と、ネットで洋服販売している兄が住んでいて、半分ゴミ屋敷みたいにモノが溢れている。ここを新たにデザインスタジオにリフォームするためにジーンは、片っ端からモノを捨てる「断捨離」を決意をするが……
そう、この「断捨離」というのがシンプルなワンアイデアです。これだけでヒロインの恋愛や生き方、家族についてまで描いてしまい、2時間近くをまったく退屈させずに展開させます。
脚本・製作も兼ねている(長~い名前の)ナワポン・タムロンラタナリット監督は、まだ36歳。前回ご紹介した『燃ゆる女の肖像』のセリーヌ・シアマ監督と同様、若い才能が続々と現れて嬉しい限りです。
さて「断捨離」というと、近年世界的に有名になったのが“こんまりメソッド”で、本作にもさりげなく引用されます。片付け道の教祖ともいえるこんまりさんが説く、捨てるための基準は“ときめき”で、対象のモノにときめかないなら思い切って捨ててしまいましょう、ということ。
これを聞くと、なるほどと思うのですが、でも片付けが苦手な私も、そんなに単純に割り切れないなあ、と年末の大掃除の時期になると感じて、結局、そのまま保留となってゴミ状態が継続されています。
本作のジーンは、一度は何も考えずに丸ごと捨てようとするのですが、それぞれのモノに思い出があって、むしろその思い出を精算していこうとする。預かりっぱなしにしていた友だちに順番に返しに行く。中でも三年前の留学の際に、何も告げずに別れた恋人との中途半端なままの感情にケリをつけようとする。この元彼との過去の清算が、新たな展開や関係性を生み出していきます。
物語をおもしろく運び、映像表現の有効な手段として駆使できるのが“小道具”。基礎講座とかでは、シャレード表現の手法としても学びます。
その通りで、そもそも私たちの周囲にあるモノには、すべてストーリー(思い出)があったりします。パンフによると、監督は年末の片付けをする度に、「一つ一つ、それぞれのモノにはたくさんの“物語”がある。それをプレゼントしてくれた人や、本来の持ち主との関係を自然と振り返ることになり、思い出が呼び起こされます」と感傷にとらわれてしまう。これがアイデアの端緒となったと。
「断捨離」というシンプルなテーマの物語ですが、カメラ、Tシャツ、写真、カード、ピアノなどなどの小道具と、そのモノたちにある物語を綴ることで、ドラマを描くという構成をじっくりと観てください。
ところで、私が脚本を書いた『武士の家計簿』も、借金返済のための「断捨離」がひとつのテーマとなっています。主人公の猪山直之(堺雅人)が、母(松坂慶子)が大事にしていた着物を容赦なく売ってしまうのですが、これが後半の場面に繋がります。機会があればぜひご覧ください。
※YouTube
シネマトゥデイ
映画『ハッピー・オールド・イヤー』予告編
※前回の柏田道夫おすすめ映画の記事はこちらからご覧ください。
■その27・28
柏田道夫おすすめ 映画『罪の声』を楽しむ 見どころ