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登場人物を深く描く には「毒」を仕込む

「シナリオのテクニック・手法を身につけると小説だって書ける!」というおいしい話を、脚本家・作家であるシナリオ・センター講師 柏田道夫の『シナリオ技術(スキル)で小説を書こう!』(「月刊シナリオ教室」)からご紹介。
今回は向田邦子さんの『かわうそ』から学びます。「登場人物を深く描くにはどうしたら」とお悩みのかた、また、いい話や泣ける話を書きたいかたも、まずは今回ご紹介する“毒”について考えてみてください。

「いい話」は極力書かないようにする

向田邦子の短編集、『思い出トランプ』(新潮文庫)を教材として、400字詰め20~25枚程度の小説を目指します。

これまで述べてきたことのポイントは、“私”や“僕”といった一人称ではなく、(向田作品の場合なら)“宅次は”とか、“達子は”“江口は”というような三人称で書きます。それも(これは触れていませんでしたが)、その三人称の視点を決めたら三人称一視点、つまり、それ以外の人物視点を混在させる書き方をしない。

さらに以前述べたのは(※1)、ファンタジーなど特殊な設定、世界や人物でなく、ごくあふれた庶民の悲哀を描くようにする。で、いわゆる「いい話」、つまり書き手の体験に基づいたいい話、心温まる話、小さな幸せでオチをつけてよかったね、といった話は極力書かないようにする、ということ。

これについて補足すると、あくまでもレッスンとして書くという前提ゆえです。「いい話」や「泣ける話」というのが、小説に限らずシナリオでもここ数年来のトレンドになっていて、皆さんも盛んに書こうとする。

プロの書き手がそうしたテイストを手がけると、とても胸に染みて、じんわりと感動させる作品になったりします。それはプロは、長年培ってきたテクニックがあるので、商品として通用するものが書けるから。

残念ながら皆さんの書くこの手の作品は(全部が、ということではなく概してですが)、書き出しから結末が予想できたり、登場人物がそれこそいい人ばかりで、当たり前によかったね、となったりして、感動させてくれないから。

小説に限らず(それこそファンタジーであったとしても)、登場人物は単純、平面であってはいけません。そうした人物の深みを描くために、向田作品のように「毒」を仕込むようにしてほしいのです。

なぜ、「毒」を仕込んでほしいのか?

以前述べたように(※1)、『思い出トランプ』の各短編に共通して盛られている要素こそが、「毒」で、それゆえに「人間が醸し出す悲哀」が描かれ、読者は読み終わって深い感慨に浸ることができる。これにできるだけ近づくために、最初から「いい話」を書こうとしない、どうすれば毒を仕込むことができるか? と考えるのです。

第一話の『かわうそ』(向田短編の名作中の名作とされている)は、(原稿用紙の空白部も入れて)400詰めで、約24枚。

3年後に定年を迎える(この時代ですので57歳でしょう)、大した出世もしなかった平凡なサラリーマンの宅次という男が視点者(主人公)です。妻は9歳下の厚子で、子供はいない夫婦だけの生活です。

書き出しの一行は、“指先から煙草が落ちたのは、月曜の夕方だった。”で、宅次は自宅の縁側に腰かけて、小さな庭を眺めていた時に、このふっとした兆候から物語が始まります。

文章的な表現の巧みさについては、いずれ述べますが、ともあれこのごく庶民である宅次が、ささいな前触れから脳卒中の発作で倒れてしまう。これだけなら、まだ「毒」ではありません。

が、この卒中の発作で、宅次は右半身に軽い麻痺が残る。それがきっかけで宅次は、妻厚子の本質(本性)が次第に見えてくる。それこそが仕込まれた「毒」です。

ところで、女優の白石加代子さんが、日本の小説を中心とした「怖い話」をチョイスして朗読する『百物語』という舞台があり、私もかなり追いかけて見(聴き)ました。その演目にこの『かわうそ』もあって、小説を読んだ時以上に、(白石さんのうまさも当然あって)「なんて恐ろしい話だろう」と。

そうまさにこの短編は怪談でもあります。それは「毒」が仕込まれているゆえです。

出典:柏田道夫 著『シナリオ技術(スキル)で小説を書こう!』(月刊シナリオ教室2019年3月号)より
次回は5月1日に更新予定です

※1
以前ご紹介したこちらの記事「400字詰め20~25枚程度から小説を書いてみよう」もご覧ください。

※『かわうそ』から学べることは、こちらの記事「向田邦子さんから学ぶ小説の書き方 向田式比喩的発想法」にもございます。

※要ブックマーク!これまでの“おさらい”はこちらで↓
小説家・脚本家 柏田道夫の「シナリオ技法で小説を書こう」ブログ記事一覧はこちらからご覧ください。比喩表現のほか、小説の人称や視点や描写などについても学んでいきましょう。

※「シナリオ教室シリーズ」などシナリオ・センターの書籍についてはこちらからご覧ください。

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