脚本家でもあり小説家でもあるシナリオ・センターの柏田道夫講師が、公開されている最新映画を中心に、DVDで観られる名作や話題作について、いわゆる感想レビューではなく、作劇法のポイントに焦点を当てて語ります。脚本家・演出家などクリエーター志望者は大いに参考にしてください。普通にただ観るよりも、勉強になってかつ何倍も面白く観れますよ。
-柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その33-
『ビバリウム』大胆なファンタジーのたたみ方
1ヶ月ほど前に日比谷のシャンテで、これから公開される映画の予告編を数本見たのですが、この『ビバリウム』が一番おもしろそうで、インパクトがありました。そのくらい斬新で、さあ、この設定でどうなるのだろう?と。
ネタバレはしませんが、ともあれここに貼られている予告編を見て下さい。この若いカップルがこの空間に閉じ込められ、配達された赤ん坊を育てた末に、どうなってしまうのでしょう?
ちなみに“VIVARIUM”の意味は“自然の生育環境を再現した展示・飼育上の動植物、またはその容器を意味する”とのこと。
新居を探す若いカップルのトムとジェマを演じるのは、ジェシー・アイゼンバーグとイモージェン・プーツですが、私はイモージェンというこの変わった名前の女優さんを以前から注目していました。『ニード・フォー・スピード』が最初で、『マイ・ファニー・レディ』『グリーン・ルーム』と、キュートで毒も秘めていて、間違いなくスターの逸材だろうと。公開予定のアンソニー・ホプキンスと共演の『ファーザー』も楽しみ。
さて『ビバリウム』ですが、こうしたごく普通の生活の中に、突然異常な出来事に巻き込まれて、といういわば「日常型ファンタジー」は、思いついた者勝ちだったりします。
ただそれだけに、ありがちとも背中合わせです。自分の部屋の押し入れの向こうに異空間があってとか、時空を超える扉でタイムトラベルしてといった「ドラえもん」などでおなじみなアイデアだと新味に欠けます。
『ビバリウム』を観ていて思い出したのは、ジム・キャリー主演で、生活が全部中継されていたという『トゥルーマン・ショー』とか、ウィル・フェレル主演で、この主人公の人生がすべて、作家の頭の中で作られたものだったという『主人公は僕だった』でした。この2作も秀逸で、ドラマ性の高い感動的なファンタジーです。配信のレンタルとかで観られるのでぜひ!
これらの作品の設定やテイスト、展開はまったく異なるのですが、共通点があるとすると、そのアイデア性、設定の斬新さです。
ちなみに長編2作目というロルカン・フィネガン監督と、コンビを組んでいる脚本のギャレット・シャンリーが影響を受けたのは、子どもの頃に夢中になったテレビシリーズの『トワイライト・ゾーン』や『ロアルド・ダール劇場』で、さらには日本だと勅使河原宏監督の『砂の女』(なるほど!)だとか。
私もモノクロだった『トワイライト・ゾーン』や『ヒッチコック劇場』とか、わくわくしながら観ていましたが、日本だと春秋にやっている『世にも奇妙な物語』がこのテイストです。改めてこれらを観ると、アイデアのヒントが無数にある気がします。
ともあれ『ビバリウム』で皆さんに観てほしいのは、物語のたたみ方です。
秀逸なアイデア、設定を思いついたとして、問題はその後の展開のさせ方と決着のつけ方。つまり【転】と【結】をどうするのか?大風呂敷を広げるのはいいけど、問題はそのたたみ方だったりするわけです。
この映画のオチに関しては、もしかしたら観た人によっては異論があるかもしれません。ですが、後でしみじみと考えると怖いし、実に計算された脚本であることや、彼らが映画を通して伝えようとしたテーマ性も分かってきます。
冒頭のカッコウの托卵のシーンから、主演の2人のそれぞれの登場シーンや行動がちゃんと伏線となっている。
上記の『トゥルーマン・ショー』や『主人公は僕だった』も、かなり無茶な設定なのですが、リアリティのつけ方で、ありえない話を成立させています。
さらに主人公たちが、この異常事態に気づいて、それを受け入れつつも抗おうとする過程をきちんと描いていることで、観客は「先を見たい」「どうなるんだ?」という思いで物語に入っていける。これこそが「おもしろさ」を作る秘訣だったりします。
ということを踏まえて、この『ビバリウム』、皆さんがこの設定を思いついたとして、どうしてこんな空間があるのか? 誰がどんな目的で作ったのか? そこに放り込まれた彼らはどうなるのか?
観る前にあれやこれやと考えてみましょう。それから映画を観て、作者たちによる「解答」を知る。あなたなりの発想と作劇の訓練ができるはずです。
※YouTube
シネマトゥデイ
精神崩壊!?一度入ると抜け出せない恐怖の街 映画『ビバリウム』予告編
-柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その34-
『ノマドランド』美しく心に染みる一人称的一人旅ロードムービー
コロナ禍の影響で、4月にずれ込むことになったアカデミー賞授賞式。その最有力として名前があがっているのが『ノマドランド』。早速観てきました。
作品賞はこれで間違いないように思います。監督はアジア系のクロエ・ジャオで、彼女が監督賞も獲得すれば、昨年の韓国映画『パラサイト』のポン・ジュノの作品賞、監督賞に継ぐ快挙となりますが。主演女優賞もこの映画を観れば、フランシス・マクドーマンド、文句なし! と思えます。すると『ファーゴ』『スリー・ビルボード』に続く三度目の受賞ということになってしまいます。マクドーマンドもジャオも、製作者に名を連ねていますので、作品賞を獲れば二人でオスカー像を握ることになるのですが。
でもでも、この映画を観ると、もう……ため息が出るほどに素晴らしい! こんなに心に染みる映画とは、めったに出会えませんよ。誰かが「奇跡の映画だ」と言ったそうですが、本当に観ている間、これがフィクションであると思えなくなってくる。ファーンことマクドーマンド自身の人生、旅を眺めている、いえ、一緒に旅をしている気持ちになってきます。
ノマドというのは、現代の漂流する民、キャンピングカーで定住せずに生きている人たちのこと。その一人となったファーンは、旅の途中でたくさんのノマドたちと出会って別れて、再会をして、また別れていきます。
デイブという初老の男と知り合い、彼との交流がひとつの物語上の重要な局面を作ります。このデイブを演じているのは、デビッド・ストラザーンですが、マクドーマンドと彼以外に登場するのは皆、実際のノマドたちと聞いて、もうビックリ。でもだからこそ、あんなに自然体だったのかとも納得します。
ジャオ監督が、自由に彼らに語らせたということですが、すると脚本には彼らのセリフは書いてなかったのか?
ちなみに本作は、ノマドを取りあげたノンフィクションが原作で、ジャオ監督自身が脚本を書いていて、脚色賞にノミネートされています。
どこまで脚本として書かれていたのか?
というのは、この映画は大きな事件とか、ドラマチックな展開とかはほぼありません。ファーンがリーマンショックで会社が倒産、務めていた夫の死と街自体の消滅を機に、キャンピングカーの放浪生活を始める。
そこから旅を続ける日常を淡々と追いかけるだけ。ただ、上記のデイブとの関わりで、【転】ともいえる出来事があるのですが、ここなどはちゃんとシナリオとして作られていたと思われます。
ともあれ、今回の「ここを観ろ!」は、徹底一人称的、一人旅のロードムービー展開です。
つまり主人公ファーンの行動(旅)のみを追いかけるという描き方です。ファーンがどのシーンも登場していて、出ずっぱりです。ちなみに、過去の写真は出てきますが、回想シーンやナレーションはありません。
この一人称的な描き方は、主人公に感情移入させやすいのですが、他の登場人物のドラマや出来事が描きにくくなるので、書くのは難しくなります。
以前、このコラムではこうした一人称的な描き方は、ブラッド・ピットが宇宙飛行士をやったその14の『アド・アストラ』と、ホアキン・フェニックスが強烈だったその16『ジョーカー』で解説しました。
また、一人旅型のロードムービーの描き方としては、クリント・イーストウッド主演・監督のその5『運び屋』で取りあげました。この『運び屋』はロードムービーといっても、自宅を拠点にあちこち麻薬を運んでいくという話でしたが、『ノマドランド』はホーム(ファーンはハウスという表現をする)自体がクルマですから、生活そのものが旅で、その途中で出会う人とのやりとりが描かれる。
それにしても、そのひとつひとつがどれも心に響くのです。ノマドたち一人一人が背負ってきた人生。誰にもその人だけの物語がある。ファーンは彼らの話を聞き、自身も語り、ハグをして別れる。それだけで愛おしい。
ファーンがおんぼろワゴンで続ける旅は、映像としても美しい(撮影賞もノミネート!)。ぜひ映画館のスクリーンで観てほしい。一人旅だけど一人ではない、そんな感慨を抱かせてくれるだけでも、「奇跡の映画」と思えます。
※YouTube
サーチライト・ピクチャーズ
『ノマドランド』予告編
※前回の柏田道夫おすすめ映画の記事はこちらからご覧ください。
■その31・32
柏田道夫おすすめ 映画『花束みたいな恋をした』を楽しむ 見どころ
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