脚本家でもあり小説家でもあるシナリオ・センターの柏田道夫講師が、公開されている最新映画を中心に、DVDで観られる名作や話題作について、いわゆる感想レビューではなく、作劇法のポイントに焦点を当てて語ります。脚本家・演出家などクリエーター志望者は大いに参考にしてください。普通にただ観るよりも、勉強になってかつ何倍も面白く観れますよ。
-柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その37-
『ファーザー』人物に感情移入させる緻密な視点の転換
相変わらずのコロナ禍で、緊急事態宣言下ですが、東京もようやく映画館の限定開館となりました。さっそく話題の『ファーザー』を観ました。
アンソニー・ホプキンスが、アカデミー賞の主演男優賞をとりました。彼(と娘役のオリヴィア・コールマンも)の見事な演技は、まさに見どころなのですが、緻密に組み立てられた脚本こそを、じっくりと味わいつくしてほしい。
元々はフランス語で書かれたフロリアン・ゼレール監督自身の戯曲による舞台劇『Le Pere 父』があって、英語版とするためにイギリス人のクリストファー・ハンプトン(『危険な関係』でアカデミー脚色賞)が加わり、映画用脚本にしたということ。ゼレールは長編映画は初監督です。
ちなみにこのお芝居は日本でも公演され、橋爪功さんが父を、若村麻由美さんが娘を演じたそうです。再演が望まれますね。
さて、この映画はいわゆる「認知症」「介護」ものです。近年、受講生の皆さんが手がけてくる題材、テーマとして、もしかしたら一番人気かもしれません。続いて「いじめ」「引きこもり」「LGBT」「DV」「タイムスリップ」……
講座とかでもよくお話しますが、シナリオコンクールとかの下読みで、親が「認知症」になって、家族が「介護」で振り回されて、という作品に出会うと、真っ先に抱く感想こそが「あ、またかよ」です。
もちろん、だから「書くな」という意味ではありません。そのくらいに手垢のついた設定、テーマ性だということを認識してほしいのです。
ただ、それだけ書かれるというのはすなわち、誰もが直面している切実な問題だということでしょう。過去の経験なり、現実でまさに体験中、あるいは差し迫った近い将来の不安として目の前にある。
ですから大いに取りあげていいし、取りあげるべき題材でしょう。
問題はどうフィクションとして(原体験が元だとしても)作品化するか?
多いパターンだと、親(父が多い)が次第に認知症となって、家族の誰か(娘か嫁が圧倒的に多い)が、介護に追われ振り回されて疲れ切る(対立葛藤としやすい)。徘徊とか行方不明、暴力といった事件があって感情が爆発するが、ついに親は天国に旅立ち、最後に心が通じて、介護を担っていた主人公が見送り、安らぎを得る……
『ファーザー』という映画も大まかにはこの構図です。ホプキンス演じるアンソニーは死にませんし、コールマンのアンも安らぎは得ませんが。じゃあ、なぜこの映画はこんなに観る人の心を揺さぶり、さまざまな思いを宿題のように残すのか? 脚本が素晴らしいのです。
まず観ていただきたいのは視点です。小説と脚本の違いとして視点の据え方があります。シナリオは三人称多視点ですが、通常小説は三人称でも、一視点的として書きます。
この物語なら、“アンは今日も父アンソニーのいるフラットに立ち寄った。”といった文章になる。
脚本は三人称多視点といっても、中心視点は定めます。この映画なら、アンが街路からアパートに入るファーストシーンで、部屋にいる父アンソニーが介護士を追い出したこと、自身が新しい恋人とパリに行くことなどを語ります。
つまり、シナリオ的にも冒頭シーンからアン視点で展開します。設定は(元々の舞台劇を継いで)ほぼアパート内のみ(後半多少違う場所になる)。
娘と父のやりとりと、新しく面接にきた介護士のローラ(イモージェン・プーツ!『ビバリウム』その33※を読んでね)、さらにアンと関わる男たちと登場します。
で、アンの視点から途中で(でもいきなり)、アンソニーの視点になります。それも認知症の進行ゆえの記憶や、見えるものの混在となるのですが、この転換や描写は、まさに映像表現を活かした見せ方になっています。
この映画はホラーだという感想もあるのですが、この視点の転換、つまり認知症本人の見えているもの、感覚を観客に共用させるためです。
認知症が進むアンソニーの哀しさ、さらにはそんな父を介護するアンの思い、感慨にも、観客は心が重なっていく。そのためにどうシーンを組み立てて、人物をからませていくか?
なるほど、こういう手法で描けば、ドラマを極められるかもしれない。それを教えてくれる必見の秀作です。
※『ビバリウム』大胆なファンタジーのたたみ方
https://www.scenario.co.jp/online/27639/
YouTube
シネマトゥデイ
映画『ファーザー』日本版予告編
-柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その38-
『クローブヒッチ・キラー』ミステリーの解答をサスペンスで見せる手法
以前からこのコラムでは、いわゆるミステリー、サスペンス映画のポイント、作り方なども述べてきました。
例えば、実際のテロ事件を題材にしてホテル内で展開するシチュエーション群像劇の『ホテル・ムンバイ』(その15※)。あえて古典ですが、盲目の人妻が自室の中で殺人鬼と戦う『暗くなるまで待って』(その17※)。あるいはサスペンスというよりもホラーとして伏線が活きている『ゴーストランドの惨劇』(その11※)。さらには、ホームドラマでありながら凄まじいサスペンス展開となる『パラサイト 半地下の家族』(その19※)などなど。
謎の要素で物語をひっぱるミステリー、さらには観客を画面に釘付けにするサスペンス展開によって、物語は俄然おもしろさがアップします。
さて、今回ご紹介する『クローブヒッチ・キラー』も、見事なミステリーであり、実にサスペンスフルな映画です。
『パラサイト 半地下の家族』は、ホームドラマでありながら、サスペンス展開になっていると述べました。この『クローブヒッチ・キラー』も、“家族”が欠かせない背景となっているのですが、もうひとつ「青春物」の要素も色濃くて、それゆえに観客の心に痛みやほろ苦さを残します。
主演の16歳の少年プラマーを演じるのが、チャーリー・プラマーという若手ですが、この繊細な表情がたまらない美少年は大いに注目ですよ。孤独な少年が殺処分が決まった一頭の馬と、逃亡するという『荒野にて』という地味な作品があるのですが、私の2019年のベストワン映画でした。まさに青春映画として胸に迫る秀作です。ぜひこちらもご覧下さい。
さて、ミステリーのジャンルの中で、サイコサスペンス、あるいはシリアルキラーものがあります。猟奇的な連続殺人事件が起きて、という設定ですが、捜査官が真犯人を追っていく、あるいはシリアルキラー自身が主人公で、次々と被害者を殺していって、のどちらかがほとんどです。
ですが、この映画は視点が違って、主人公のタイラーが疑いを抱くのは父のドン(ディラン・マクダーモット)。この切り口は珍しいのですが、なるほどドラマ要素である対立・葛藤が作りやすいわけです。
タイラーとその家族は、アメリカの田舎の厳格なキリスト教徒ばかりの田舎町に住んでいるのですが、10年前に「クローブヒッチ・キラー(巻き結び連続殺人)」が起きて、10人の女性たちが犠牲になっていたが未解決のまま。
ドンはボーイスカウトの団長で、人望もあり、妻を愛し家族を大事にするよき父です。そのドンが隠していたあるものを、タイラーが見つけてしまう。この事件を独自に調べているカッシ(マディセン・ベイティ)と接近したタイラーは、彼女の協力を得て事件を探っていく。果たして家族を愛する良き父は、シリアルキラーなのか?
さて、ネタバレはしませんが、「ここを観ろ!」で注目してほしいのは、ミステリーの答えの見せ方、つまり【転】と【結】の運びです。
ミステリーは謎の提示で物語を運ぶわけですが、その解明のさせ方がそれなりに難しい。一番オーソドックスなのは、探偵役が関係者一同を集めて「犯人はあなたです」と示す。
この場合、大体実はこうだった、というのを“回想シーン”で見せていく。ですがいわゆる説明になりがち。この映画の解答編も、ある意味“回想法”なのですが、実にサスペンスフルに見せていきます。
「あ、どうして?」という衝撃シーンがあった上で、もうハラハラドキドキの連続でクライマックスとして真相を示していく。
さらには【結】としての着地のさせ方も、いわゆる「まとめました」となっていません。タイラーの青春物としての哀切が余韻として残ります。
監督は新鋭のダンカン・スキルズですが、脚本はクリストファー・フォード。この人には短いYouTubeがきっかけで本編となったホラー『クラウン』や、笑ってしまう二転三転の『コップ・カー』とかの脚本家だということで、なるほどと納得しました。その運びのうまさをご覧下さい。
※こちらの記事も併せてご覧ください
・『ホテル・ムンバイ』丸ごと「サスペンス」で展開していく「集団群像劇」
https://www.scenario.co.jp/online/24775/
・『暗くなるまで待って』こんなシンプルな造りながら、際立つサスペンス!
https://www.scenario.co.jp/online/25228/
・『ゴーストランドの惨劇』絶品ホラー!張り巡らされた“伏線”に注目!
https://www.scenario.co.jp/online/24588/
・『パラサイト 半地下の家族』設定、切り方で、真逆になることが分かる傑作です
https://www.scenario.co.jp/online/25338/
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チャーリー・プラマー主演、緊迫のサスペンス・スリラ ー映画『クローブヒッチ・キラー』予告