「シナリオのテクニック・手法を身につけると小説だって書ける!」というおいしい話を、脚本家・作家であるシナリオ・センター講師 柏田道夫の『シナリオ技術(スキル)で小説を書こう!』(「月刊シナリオ教室」)からご紹介。
ホラーやサスペンスを書きたい方は特に、向田邦子さんの『大根の月』にある“緊張と緩和”を参考にして下さい。「真に観客を怖がらせるには、ショッキングシーンに持っていくまでのプロセスが大事」という柏田講師が解説いたします。
『大根の月』を読み解く
短編小説を書くためのレッスン。向田邦子の『思い出トランプ』の諸篇のアプローチ法を、「向田式比喩的発想法」(※)と名付けました。
ごくありふれた庶民の男女を主人公としながら、その人物の人生の一断面を切り取って描く。これが『思い出トランプ』一篇ごとの作品に共通した要素(縛り)です。
で、それぞれの作品にタイトルとつながるモチーフ的なもの、用語、すなわち何らかの比喩を用意する。その比喩が先にあって物語の構想なり展開を考えたのか、設定や人物を考えながらモチーフ的比喩を浮かべるのか? それは作者に聞いてみないと分かりませんが。
ともあれ短編集の第一作目『かわうそ』は、妻の本性が動物のかわうそと重なる。二作目の『だらだら坂』は、主人公の人生なり悔恨を、愛人を住まわせているマンションのあるだらだらと登る坂が象徴しています。
もう一作、やはり白眉の名作といえる『大根の月』を読み解いてみます。
主人公は主婦だったけれど、夫の秀一と別れた英子。書き出しは、
“あのことがあって、かれこれ一年になるというのに、英子は指という字が怖かった。”
ここで出てくる“あのこと”とは何か?それはどうも英子が怖がる“指”に関わるらしい。それを直ぐに明らかにしない。
それも指という字に触れるだけで、
“胸のまんなかあたりが締めつけられるように痛くなり、うっすらと冷汗をかいている”。
さらに“小学校一年生の姿を見るのが辛かった。”という一文があり、英子には夫のところに置いてきた健太という息子がいる。どうやら英子が、胸が締めつけられるように痛いことは、指と息子の健太に関わることらしい、と次第に分かってきます。
ホラー映画の手法『大根の月』
ところで私は、ホラーやサスペンス映画が大好きなのですが、観客を怖がらせる手法として、いきなりバン!とショッキングな場面をもってきて、といった作りは実は邪道です。そうした脅かしは一度くらいなら成立するのですが、真に観客を怖がらせるには、ショッキングシーンに持っていくまでのプロセスが大事です。
いきなりすごいシーンというよりも、じわじわと「何かある」「何か起きるんじゃないか?」と観客に感じさせる。見せるようで見せなくて、断片を思わせぶりに(と思わせない見せ方も)空気として描いていく。
この『大根の月』を読むと、向田さんがホラー映画の脚本を書いても、さぞかしと思わせます。指と息子に関しての不穏な空気が、冒頭から行間に漂っていて、奇妙な緊張感に満ちている。
ところが一転、
“英子が別れた夫の秀一と一緒に昼の月を見たのは、結婚指輪を誂えに出掛けた帰りである。”
という一文から、(若干ですが)温もりを感じさせる英子にとって“一番幸せなとき”であった過去のエピソードが綴られる。
“ビルの上にうす青い空があり、白い透き通った半月形の月が浮かんでいた。”という昼の月を、英子のセリフ「あの月、大根みたいじゃない? 切り損なった薄切りの大根」という比喩から、表題となります。
物語をおもしろくする手法に、「緊張と緩和」があります。要するにメリハリをつけるということですが、不穏さ緊張感を醸し出すシーンがあって、一瞬緩和としてホッとなるシーンをスパイス的に入れる。
その後で、さらに前以上に不穏、緊張に満ちた展開を積み重ねて、ついに決定的なショックシーンと運ぶ。『大根の月』では夫と見た昼間の月から、モチーフとなる薄切りの大根、さらに切り損なう包丁の逸話となり、決定的な場面へとなります。結論を読者に委ねるラストも素晴らしい。
出典:柏田道夫 著『シナリオ技術(スキル)で小説を書こう!』(月刊シナリオ教室2019年6月号)より
★次回は8月7日に更新予定です★
※「向田式比喩的発想法」についてはこちらの記事をご覧ください↓
向田邦子さんから学ぶ小説の書き方「向田式比喩的発想法」
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小説家・脚本家 柏田道夫の「シナリオ技法で小説を書こう」ブログ記事一覧はこちらからご覧ください。比喩表現のほか、小説の人称や視点や描写などについても学んでいきましょう。
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