脚本家でもあり小説家でもあるシナリオ・センターの柏田道夫講師が、公開されている最新映画を中心に、DVDで観られる名作や話題作について、いわゆる感想レビューではなく、作劇法のポイントに焦点を当てて語ります。脚本家・演出家などクリエーター志望者だけでなく、「映画が好きで、シナリオにもちょっと興味がある」というかたも、大いに参考にしてください。普通にただ観るよりも、勉強になってかつ何倍も面白く観れますよ。
-柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その49-
『ラストナイト・イン・ソーホー』半世紀前をノスタルジーだけで描くな
待ちに待っていたエドガー・ライト脚本・監督の新作『ラストナイト・イン・ソーホー』です。早速映画館に駆けつけました。
世界各国にこのように新作を待つ映画作家がいます。イギリスだと巨匠ケン・ローチ(『天使の分け前』『わたしは、ダニエル・ブレイク』『家族を想うとき』)は別格として、中堅では真っ先に、このエドガー・ライトと、ジョン・カーニー(『ONCE ダブリンの街角で』『はじまりのうた』『シング・ストリート 未来へのうた』)の二人の名前があがります。
ケン・ローチ監督はほぼ社会派で、ジョン・カーニー監督の三作は音楽映画で共通していますが、ライト監督は作品ごとにジャンルが異なります。
日本では当初DVD公開だけだったゾンビ(で半分コメディ)映画の『ショーン・オブ・ザ・デッド』で注目され、その後に痛快ポリスアクション『ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!』、酔っ払いコメディSF映画『ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!』、そして青春物+カーアクション『ベイビー・ドライバー』という具合に。
ちなみに私ごとですが、毎年自分の好き勝手映画ベストをチョイスしていますが、2013年が『天使の分け前』、2016年『シング・ストリート』、そして2017年が『ベイビー・ドライバー』を第1位にしていました!
さて『ラストナイト・イン・ソーホー』ですが、これまでのライト監督のジャンルシャッフル集大成のような映画で、期待を遙かに越えるおもしろさ!このジャンルミックスという観点では、「映画のここを見ろ!その47」でタイムパラドックスものでありながらスリラーという『アンテベラム』(※)をご紹介したばかりです。
また、「映画のここを見ろ!その44」でご紹介した『MINAMATA』(※)で、“ごく稀にですが、映画が始まってファーストシーンのファーストカットで、心が鷲掴みされる感動を覚えることがある。”と書きましたが、本作の主人公エロイーズ(トーマシン・マッケンジー)が登場して、踊るファーストカットとシーンの素晴らしさに感動します。
エロイーズはイギリスの田舎に住む少女で、念願のロンドンの服飾学校に合格し上京します。彼女は60年代カルチャーが大好きで、ファッションデザイナーを夢見て、ロンドンのソーホーで生活を始める。
この導入部はミュージカルっぽく、青春物なのですが、寮を出て古い屋根裏部屋で暮らすようになった彼女は、夢の中で60年代にワープ、その時代で歌手を夢見るサンディ(アニャ・テイラー=ジョイ)と一体化します。
エロイーズの現在とサンディの60年代の物語が交差していき、やがて中盤からホラー&サスペンスタッチに。唖然呆然、だけど「どうなるの?」という展開。さらにこの結末!(に関してはもろもろ感想がありそうですが)
そうした観客の予想を超える展開、ジャンル転換の手法も見てほしいのですが、今回の「ここを見ろ!」は、1960年代への見方、アプローチ法です。今から50年ほど前の60年から70年代にかけてというと、日本では昭和30年代後半から40年代。まさに終戦後の「昭和」ど真ん中の時代になります。
昭和から平成を経て、今や低迷中の感のある令和ですが、企画の目玉的に「昭和」が注目されています。音楽も昭和歌謡曲だったり、ファッションや文化としても、懐古を混ぜた爆発的なエネルギーがあって魅力的です。この時代に青春期を過ごした、いわゆる団塊の世代(私もそのはしっこ)が、まだ数多く残って(生きて)いる、ということもあるでしょう。
そういうことから映画やドラマ、小説とかでも「昭和」が扱われることが多いのですが、共通するカラーこそが「ノスタルジック」でしょう。あの時代はよかった、ピュアだった、輝いていた、みたいな美化がされがち。もちろん、そうしたニーズゆえというのもあるのですが、そこだけに寄りかかると、創り手側の自己陶酔になりがちです。
ノスタルジックでもいいのですが、その時代の暗部であったり、功罪もしっかりと認識する。そうした冷静な時代の捉え方をすることで、作品としての深み、重さになる。『ラストナイト・イン・ソーホー』は、ノスタルジーだけでないあの時代を描いていて、心に染みる傑作になっています。
※「映画のここを見ろ!その47」
『アンテベラム』ジャンル超越で今までにない物語を創る
https://www.scenario.co.jp/online/29305/
※「映画のここを見ろ!その44」
『MINAMATA―ミナマタ―』一枚の写真(映像)こそが最大の武器になる
https://www.scenario.co.jp/online/28853/
YouTube
シネマトゥデイ
アニャ・テイラー=ジョイら出演!エドガー・ライト監督のサイコホラー『ラストナイト・イン・ソーホー』予告編
-柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その50
『パーフェクト・ケア』悪を貫くことでぶれないヒロインの魅力
ロードショー劇場公開だけでなく、配信でも観られるという、今の時代ならではの公開がされている『パーフェクト・ケア』です。ロザムンド・パイクが、第78回のゴールデン・グローブ賞「コメディ・ミュージカル部門」で主演女優賞を受賞しているのですが、ミュージカル映画ではないので、コメディということになります。
映画の紹介でも「クライムサスペンスコメディ」とあって、確かに犯罪ものでサスペンス要素もたっぷりなのですが、けっして笑える物語ではありません。結構、身につまされて恐ろしくなる社会派ミステリーともいえます。
脚本・監督はJ・ブレイクソン。日本公開での脚本デビューが2009年の『ディセント2』で、これは記憶に残る怖さだった洞窟ホラーの続編ですが、1を超えるおもしろさでした。
さらに脚本・監督デビューの2011年の『アリス・クリードの失踪』も超オススメ。誘拐ミステリーですが、誘拐された富豪令嬢一人と、誘拐犯二人だけしか登場せずに、予想を越える二転三転するストーリー展開で、見終わった時に「うわっ、こんな脚本を書いてみたい!」と感嘆しました。
さて本作ですが、まずは秀逸なのはロザムンド・パイクで、何といってもデビッド・フィンチャー監督作の『ゴーン・ガール』が思い出されます。大量の血痕を残して失踪した妻の役で、これもまさに二転三転するおもしろさと、彼女の悪女ぶりが際立っていました。
私ごとですが、今年、ミステリー小説や映画のジャンルごとにポイントを述べたガイド本『ミステリーの書き方』(言視舎)を上梓しました。その中の「アウトローとファムファタル」の項で、例えば、『白いドレスの女』のキャスリーン・ターナー、『氷の微笑』のシャロン・ストーンというように、男をメロメロにする悪女スターが時代ごとに登場すると述べました。
『ゴーン・ガール』のロザムンドもその系列なのですが、今回の『パーフェクト・ケア』のヒロイン、マーラは少し違って、男を惑わせてといった従来型の悪女ではなく、むしろ「男なんて何の頼りにもならない」とばかりに、相棒のフラン(エイザ・ゴンザレス)と共に、悪を貫き通します。
マーラがやっているビジネスは、法定後見人という職を活かして、認知症など判断力の落ちた(金持ちに限る)老人のケアをして、その老人を介護施設に入れ(というより閉じ込めて)、財産管理という名で資産をかすめとる。
医者や介護施設も結託して、合法的なビジネスとして情け容赦なくむしりとる。もう呆れるばかりの恐ろしさ。それも何の罪悪感もなしにやっている。順調に進んでいた金儲けだったのですが、一人の資産家老女を扱ったことから、歯車が大きく狂っていき、マーラたちは命を狙われるはめに……
以後の二転三転、サスペンス展開は楽しんで頂くとして、今回の「ここを見ろ!」は、この主人公マーラの“悪の徹し方”です。
基礎講座の「人物の描き方」で、人物に魅力を与えるために「憧れ性」と「共通性」を与えろと教えられます。この「憧れ性」は「美、力、知性、優しさ、明るさ」といった長所だけでなく、あえて「悪」の魅力もあると述べます。一般人が持ち得ない魅力のひとつとして、悪を平然と行う、貫くキャラクターというのも、大きな「憧れ性」なわけです。
上記のファムファタールたちだけでなく、『羊たちの沈黙』のレクター博士とか、ホアキン・フェニックスが演じた『ジョーカー』とかも悪の魅力です。
ただこうした悪人は描き方が難しい。平然とためらいもなく悪を貫く(例えばサイコキラーみたいな)悪人だと、感情移入させにくくなります。すると人間としての弱さとか、優しさみたいなところを入れてしまいがち。
ところが本作のマーラの強さ、良心なんてかけらもなく、命の危険が迫ってもぶれずに自らの欲望を貫く姿に、もう感動さえしてしまいます。このくらい徹底させるキャラクターが描けると、もう盤石といっていい。ここまで強いヒロインはなかなか(日本では特に)現れません。
もうひとつ、120分弱の尺ですが、きちんと「ハリウッド型三幕構成」になっているところも、見終わってから検証してみて下さい。
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KADOKAWA映画
映画『パーフェクト・ケア』予告編【12/3公開&配信開始】
- 「映画が何倍も面白く観れるようになります!」
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