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代表 小林幸恵が毎日更新!
表参道シナリオ日記

シナリオ・センターの代表・小林幸恵が、出身ライターの活躍や業界動向から感じたことなど、2006年からほぼ毎日更新している日記です。

副音声(河出書房新社刊)

散る桜

シナリオ・センター代表の小林です。東京の桜は満開です。
東京は、九段の靖国神社から千鳥ヶ淵が桜花見コースとしても有名ですが、皇居のお堀の水に映り込んだ桜は、それはそれは見事です。
そのそばには、千鳥ヶ淵戦没者墓苑があります。
桜は、戦後すぐタブー視されてきた時期がありました。
さっと散るところから、戦争中、潔く死ぬことへの代名詞のように扱われてきたからです。
「咲いた花なら散るのは覚悟 見事散りましょ国のため」軍歌「同期の桜」の歌詞のように。
特攻隊の機体に桜が描かれていたり、山桜隊など、特攻隊の名称には桜がついていました。海軍の有名な金ボタンは桜と錨ですし、陸軍の短剣は桜の紋章つきです。桜=大和魂といわれてきたのです。
時代によって、見方は変わります。
今は、戦争または死=桜と見る方は少なくなっているかと思いますが、綺麗ごとを言われて命を捧げた人々がいたことは、決して忘れてはなりません。
ロシアと戦っているウクライナの人々を「命をも顧みず、祖国のために戦っている姿を拝見して、その勇気に感動する」などと宣う参議院議長の発言に、あの時代と全く変わらない精神がみえて唖然とします。
こういう方たちがお上では、日本はまた同じ轍を踏むのではないかと思うと本当に怖いです。
自分や家族が安全な場所にいる人は、他人の命を軽々しく扱うような気がしてなりません。
「明日ありと思う心の仇桜 夜半に嵐吹かぬものかは」(西行)
ご自身のことと、とらえて欲しいです。

咲く桜

出身ライターの大林利江子さんが、函館港イルミナシオン映画祭シナリオ大賞でグランプリを受賞された作品を小説化されました。
「副音声」(河出書房新社刊)

目の不自由な方がカメラを内蔵しているサングラスとイヤホーンを付けると副音声が目の前の状況を機械的に教えてくるという「厚生労働省の新事業モニター」
5年も司法試験を落ちて、精神的にもぎりぎりのところにいる僕が、厚生労働省が視覚障がい者の補助を目的として立ち上げようとしている「副音声」制度のモニターで目の不自由な彼女の副音声になる。
函館に住んでいる彼女を東京で受験勉強をしている僕が彼女の目になって、函館を案内する。
とても無機質な声で。
「50メートルほど先、右手から自転車が現れ、こちらに向かって走ってくる」
「自転車、立ち漕ぎで今左手車道を通過して・・・いった」
「10メートルほど先、歩道左手にタクシーが停車し、親子は降りてきた。女性と5歳くらいの女の子だ。親子は手を繋いで、今左脇を通り過ぎる」
お互い身元も何も知らない。
厚生労働省の朝比奈さんを通して彼女の依頼を受けて副音声になる。
故郷の函館を彼女の目になって一緒に歩いていく。
やがて、無機質な副音声は「夕日がきれいです」などとルールを超えていき・・・。

函館の高校迄は常に中心的な存在だったのに、東京の大学で挫折し、司法試験にも落ち続け、汚部屋で引きこもりのような生活をしている僕と、自分のわがままで両親を事故で失い、自身も目が見えなくなってしまった彼女が「副音声」を通して、生きていく自信を取り戻していきます。
登場人物のキャラクターがとてもよくできていて、主役の二人はもちろんのこと、資格サポート制度を成功させたい厚生労働省の朝比奈さんの3人がそれぞれの想いで動いて、それがつながっていくさまが見事です。
小説の形態も、「彼の景色」「彼女の景色」の章に分けて、二人の背景・事情をしっかりと描ききっています。そして、最後の章は「トンネルの先」、彼、彼女、朝比奈さんのトンネルの先が見えてきます。
トンネルは桜のトンネル。でも、この桜は、散る桜ではなく「どこまでも続く桜・・・・・・春が来る度、何度でも何度でも咲く・・・・・・」

函館の街を歩く彼女の目として副音声で目の前の状況を説明していくという設定がめちゃくちゃユニークで面白いのですが、その上、勝手知ったる大好きな函館、だけど捨てたいと思っている街函館を、東京にいて案内するというところが素晴らしいです。
そして、二人を取り巻く周りの函館の友達、家族の存在がさらりと、だけど、とても暖かく強い存在に描いていて、人は一人で生きていないのだとかんじさせてくれます。
ちょっと親切に見えて、実は女性キャリアとしての焦り、出世欲を持つ厚生労働省の朝比奈さんが、ラブストーリーの大きな要になるのも驚きです。
ほんと、キャラクターと言い、構成といい、うまい。
さすが、函館イルミナシオン映画祭シナリオ大賞だけに函館をこれでもかというくらい舞台にしてしまう凄腕は、やはりシナリオライターとして実績、経験からなるものだと思います。

感動のラブストーリー、函館の街を紹介する映像、障がい者に対する社会の対応、魅力あふれる小説でした。
残念ながら、映画化になっていないのですが、なんで映画化しないのか、まったく意味がわかりません。
「ドライブ・マイ・カー」に匹敵するけどな。
次は、大林さんのシナリオが映画化になることを心から願います。

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