脚本家でもあり小説家でもあるシナリオ・センターの柏田道夫講師が、公開されている最新映画を中心に、DVDで観られる名作や話題作について、いわゆる感想レビューではなく、作劇法のポイントに焦点を当てて語ります。脚本家・演出家などクリエーター志望者だけでなく、「映画が好きで、シナリオにもちょっと興味がある」というかたも、大いに参考にしてください。普通にただ観るよりも、勉強になってかつ何倍も面白く観れますよ。
-柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その55-
『ベルファスト』少年視点とユーモアテイストに徹する作劇法
日本映画『ドライブ・マイ・カー』(※)の国際長編映画賞(旧外国語映画賞)受賞や、ウィル・スミス(『ドリームプラン』(※)で主演男優賞受賞)の怒りのビンタ事件など、話題豊富だった第94回アカデミー賞ですが、晴れて脚本賞をとった『ベルファスト』を取り上げます。
ついでに申し上げておくと、脚本家志望者の方は、毎年のアカデミー賞の脚本賞や脚色賞(今年は『コーダ あいのうた』(※))をとった作品は必見ですよ。
『ベルファスト』の脚本は製作・監督も務めたケネス・ブラナー。俳優や舞台監督もこなす才人で、現在公開中『ナイル殺人事件』でも監督や主演をこなしています。本作は自身の少年時代から想を得た自伝的映画。1960年代後半、イギリスで勃発した「北アイルランド紛争」の最中にあった街ベルファストが舞台になっていて、その時期にここで多感な少年時代を送ったバディ(ジュード・ヒル)と、紛争に巻き込まれるその家族の物語。
北アイルランド紛争というと、プロテスタントとカトリックが反目し合って衝突、多くの死者まで出した紛争で、日本人には分かりにくい宗教性、複雑で根深い社会背景の歴史があったりします。ただ、この映画は日本版のキャッチコピーが「明日に向かって笑え!」というように、むしろ前向きにユーモラスに描いています。
今回の「ここを見ろ!」は、こうした難しさとかを、分かりやすくおもしろく描くための味つけとしてのタッチ、さらに主人公の少年の視点を据えることで、物語を親しみやすく展開させる手法についてです。もちろん、社会的な問題などを真正面から切り込んで、観客に問題を投げつけて、といった社会派の描き方もあります。ただ、そうした切り方、アプローチは、どうしても客層を限定してしまう傾向と背中合わせになります。
より多くの観客を誘導するために、コメディテイストとしたり、エンタメ性を増した作りとして、最終的に伝えたいテーマを投げかける。そうしたアプローチで、より広くの人々に思いを浸透させることができるかもしれません。少年を主人公として、その少年の視点をできるだけ通して描くというのも、親しみやすさだったり、少年のピュアな感覚、感情で、複雑で深刻な問題であっても分かりやすく扱えたりするわけです。
このコラムでは過去にも、主人公を少年とした映画としては、第13回『風をつかまえた少年』(※)、第20回『ジョジョ・ラビット』(※)、第26回『mid90s ミッドナインティーズ』(※)などがあります。『ジョジョ・ラビット』は、第二次世界大戦下にヒトラーを心の友とする少年視点で、かなり深刻な時代、世相をユーモアタッチで描いていました。『ミッドナインティーズ』では、少年視点とすることで、ノスタルジックに描くことができる、という「ここを見ろ!」でした。
『ベルファスト』も、まさにその両方の効果が発揮されています。(彼ら家族にとっても故郷=ホームである)ベルファストの街の光景と、そこで楽しく興じるバディ少年の姿から、一転不穏な大人達の争いに転じるファーストシーンの素晴らしさ。
バディの持つ遊びのためのブリキのゴミ箱の蓋が、突然投石を防ぐための盾となってしまう。そこからバディ少年の視点で描かれる家族、両親や祖父母、大人たち、初恋の少女、そして大人たちの争いによって変わっていくベルファストの街の風景。それらをイキイキと(かつ痛ましく)描くモノクロ画面と、少年にとっては夢の世界であるカラーで描かれる映画の世界。
これらをほぼ少年視点に徹する脚本の作りをじっくりと見て下さい。加えて珠玉のセリフ。特にバディ少年に人生を語る祖父(キアラン・ハインズ)と、祖母(ジュディ・デンチ)のセリフの数々は心に響きます。
ところで映画は時代の鏡でもあるのですが、半世紀以上前の英国の紛争、それも小さな街で起きていた紛争を背景としたこの物語は、そのまま現在のウクライナ戦争を思い起こさせます。大人たちの勝手な論理、主張による争いによって、一番の痛みを受けるのが庶民だったりする。そうしたことも想起させる秀作です。
※これまでの「映画のここを見ろ!」の記事はこちらで↓
・『ドライブ・マイ・カー』
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映画『ベルファスト』予告編
-柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その56-
『カモンカモン』テッパンの「伯父と甥」関係性と、リアルなセリフ
今回取り上げる『カモンカモン』は、ジャンルとすると「ホームドラマ」。それも“伯父と甥”という、ドラマ要素を拡げられる佳作です。
「映画のここを見ろ!その54」の『ガンパウダー・ミルクシェイク』(※)は、「アクション」で、それも幼い子を守りながら、主人公が敵と闘う構造の典型としてご紹介しました。この手の名作としては『レオン』や『アジョシ』『グロリア』などがあると。
『カモンカモン』はもちろんアクションではないので、殺しに来る敵と闘ったりしません。そうではないのですが、親子ではないゆえに、子育てなんてしたことのない伯父とかと、何からの事情なり心の屈折を抱えた甥とかとが、時を共有することで、不器用ながらも心を通じていく。この図式、テーマ性もある意味テッパンのドラマ構造といえるわけです。
基礎講座の「人物の描き方」の時に出される課題が、「魅力ある叔父さん」(近年は「魅力ある伯母さん」)だったりしますが、キャラクターとしての“魅力”を与えることと、甥や姪との関わりで、親とは違う叔父や伯母といった関係性も明らかにする、といった狙いがあります。
ともかく、伯父と甥の関係性で真っ先に思い出されるのは、『男はつらいよ』の寅さんと満男。シリーズの終盤はほぼ、吉岡秀隆さんの満男と、渥美清さんの寅次郞とが旅先で時間を共有、二人の恋の顛末が描かれていました。
この構造で挙がる名作は、古典ではジャック・タチ監督『ぼくの伯父さん』。
あるいは、2017年にアカデミー賞脚本賞をとった『マンチェスター・バイ・ザ・シー』。心を閉ざして孤独に生きるリー(ケイシー・アフレック:本作でアカデミー主演男優賞受賞)が、兄の死で帰郷を余儀なくされ、兄の息子でリーにとっては甥にあたるパトリックと暮らすことになり、生き方を取り戻していく。
『カモンカモン』は脚本・監督が、『人生はビギナーズ』や『20センチュリー・ウーマン』のマイク・ミルズ。孤独を友として生きる伯父のジョニー役は、『ジョーカー』で狂気のヒーローを演じて、アカデミー主演男優賞をとったホアキン・フェニックス。
子供へのインタビューをメインの仕事としているラジオジャーナリストのジョニーは、母親の死を巡って対立していた妹のヴィヴ(ギャビー・ホフマン)から、息子のジェシー(ウッディ・ノーマン)を預かってほしいと頼まれます。こうして子育て経験皆無の伯父と、9歳という難しい多感な甥との、危なっかしい生活が始まります。
甥のジェシーを演じたウッディ君が素晴らしいのですが、観客にはいわゆる「名子役だな」という印象をまったく与えません。それは本作を観てもらうと分かるのですが、彼は役を演じているというのではなく、少年ジェシーそのものと思わせるナチュラルさなのです。
で、それはすなわち、「本作の脚本は、どのくらい書き込まれているのだろう?」と(こちらの立場からはなおさら)思わせるのです。
ジョニーとジェシーとの日常の会話、さらにジョニーは報告を兼ねて、妹のヴィヴとも頻繁にスマホで会話する。さらには(これはおそらく本当の音声の)、ジョニーがさまざまな子供たちに「未来」についてインタビューするシーンが頻繁に挿入されます。
インタビューはともかくとして、主要三人の会話、セリフはどこまで脚本に書かれているのか?パンフには、そのアドリブの度合いについて言及されていません。ただ、ミルズ監督が綿密に書いた脚本があって、ホアキンはそれを読んで出演を了解した、と書かれています。途中、森の中でジョニーとジェシーが本音を叫ぶシーンがあって、ここなどは脚本にセリフもあったと書かれていたりします。
ともあれ、この映画のセリフのやりとり、さらには子育て時にどの親も感じたであろう“少年(子供)”の描き方のリアルさ、これをしっかりと感じとってほしいのです。こんなに緻密でリアルな脚本もあるのだ、ということ。
ちなみに『カモンカモン』は“未来に向かって、先へ先へ”という意味です。
もうひとつ、デトロイト、ロサンゼルス、ニューヨーク、ニューオリンズの4つのアメリカの都市が、モノクロ映像で描かれるのですが、この4つの時間、舞台の分け方が、脚本のアクセント構造を作っているところも。
※「映画のここを見ろ!その54」の『ガンパウダー・ミルクシェイク』はこちらから。
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Happinet phantom
映画『カモン カモン』本予告(60秒)
- 「映画が何倍も面白く観れるようになります!」
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