脚本家でもあり小説家でもあるシナリオ・センターの柏田道夫講師が、公開されている最新映画を中心に、DVDで観られる名作や話題作について、いわゆる感想レビューではなく、作劇法のポイントに焦点を当てて語ります。脚本家・演出家などクリエーター志望者だけでなく、「映画が好きで、シナリオにもちょっと興味がある」というかたも、大いに参考にしてください。普通にただ観るよりも、勉強になってかつ何倍も面白く観れますよ。
-柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その57-
『シン・ウルトラマン』【起】の部分で、いかに説明してしまうか?
なんと今回は『シン・ウルトラマン』です!それぞれの世代で思い込みのあるに違いない話題作を、あえて取り上げますね。
かの『シン・ゴジラ』、企画・脚本の庵野秀明と樋口真嗣監督ら製作陣による、新たなリプート(再起動)作品。あんまり観ていなかったよ、という方でも(『シン・ゴジラ』がそうだったように)大いに楽しめると思います。
私ごとですが、実はそれほどドラマシリーズの『ウルトラマン』に思い込みはありません。初代はともかくその前の『ウルトラQ』とかは大好きでした。また、私自身の映画好き原点は、少年時代に近所のお兄さんのお供で観た東映の時代劇と、友だちと連れだって観た東宝の怪獣映画です。ただ、最初の『ゴジラ』を観たのは成人になってからで、『モスラ』が先でした。
ともあれ、テレビで始まった『ウルトラQ』とかは、次々と登場する怪獣こそが楽しみで、その怪獣を退治するウルトラマンはさほど好きになれない。当時、「どうしてウルトラマンは、怪獣と同じサイズに変身するんだ?二倍になればもっと簡単にやっつけられるのに」と思い、その疑問を兄や友だちにぶつけても誰も答えてくれず、今に至っています。
今回の『シン』でも、その疑問には答えてくれなかったのですが、感心したのは、ウルトラマンが地球に来ている理由とか、怪獣が日本にしか現れないのはなぜだ?といったことも、一応それなりに踏まえているところ。
あ、ですがあまり詳しく設定とかストーリー性は語りません。パンフを買うと、わざわざ「ネタバレ注意!」という帯封がかけてあるくらいですから。
ところで、パンフには「ウルトラマン」のイメージを確立した人として、特撮美術監督でデザイナーの成田亨さんについて書かれています。知る人ぞ知る天才アーティストですが、ご子息が成田浬さん。私が脚本を書いた『二宮金次郎』で、金次郎と対立する豊田正作を熱演して頂いた俳優さんです。
さて、今回の「ここを見ろ!」ですが、冒頭部【起】の説明の処理の仕方です。(この程度のネタバレは問題ないでしょう)
本作は最初に「空想特撮映画」という古めかしいロゴが出ます。そこからいきなり、近年の日本で起きた怪獣(禍威獣という字が当てられる)襲撃の模様や対処の経緯などが、怒濤のカット割りで解説されてしまいます。
怪獣たちのネーミングや、どう暴れて、どう処理したのか?などが怪獣の暴れる画面と、タイトル文字とナレーションで続くのですが、あまりのスピードでその文字を全部読めない。ただ、そこから新たに防災省が設立され、通称「禍特隊」という専門チームが結成されたこと、新たに透明禍威獣「ネロンガ」が現れ、自衛隊と共に禍特隊チームが対応する本筋へと進みます。
近年、ファンタジーを志向する志望者の方がますます増えています。ファンタジーもいろいろとあって、詳しくは講座を持たれている仲村みなみ講師におまかせしますが、私が出会ったいくつかのファンタジーの中には、【起】でひたすら設定の説明が続く、アクビ誘発作品が珍しくない。
「〇地図」みたいな柱で、ナレーションとかタイトルで、紀元○○年、隣り合うナンチャラ国とカンチャラ国が、50年の長きに渡り戦争していて、そこに北からホンチャラ国が侵略してきて、ナンチャラ国のダレソレ王子と、カンチャラ国のカレソレ姫がいて……みたいな。
特に、まったくの架空の国、異世界とかを想定したハイ・ファンタジーに、こうしたパターンが多いのですが、作者はまず最初に前提となる設定を分からせなくては、と思うのでしょう。いわゆる「天・地・人」を示そうとするのですが、それがひたすらダラダラの説明になってしまう。観客(読者)は原稿用紙数枚分で放り投げてしまいます。
『シン・ウルトラマン』の冒頭は、そうした説明なんてどーでもいい。むしろド派手な、本来見せ場になりそうな怪獣たちの断片シーンを重ねることで、既成事実として観客に「こうなっているんだよ」と疑問さえ抱かせない。
そして新たに現れた怪獣対策の進行を進めながら、真のヒーローである(ファンタジー存在そのものの)ウルトラマンを登場させる。
これぞ、「ノレンを分けてサッと出る」(※)です。もっともっといろいろ語りたいところですが、ネタバレ厳禁なのでこのくらいに。ぜひぜひご覧下さい。
※シナリオいろは「主人公、暖簾を分けてさっと出る」はこちらの記事を。
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映画『シン・ウルトラマン』予告
-柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その58-
『流浪の月』説明ではない「回想」、二つの時間の交差のさせ方
話題作の『流浪の月』を取り上げます。2020年の本屋大賞を受賞した凪良ゆう さんの同名小説の映画化作品。映画化のオファーが殺到したとかで、『悪人』や『怒り』で、人間の本質をえぐってみせた李相日監督(脚本も)が選ばれたとのこと。
この原作自体がセンセーショナルな内容ですし、さまざまな社会的な問題も背景としています。主要人物二人の思い、関係性、感情などにフォーカスしてみても、簡単に“純愛”とかにくくれないでしょう。そもそも、“小児性愛(ロリータ、ロリコン)”とか、監禁された被害者が加害者に共感を得てしまう“ストックホルム症候群”とかをどうとらえるのか?
それ以前として、未成年者の少女を自宅に連れていき(監禁ではないとしても)保護者と隔離してしまう、という行為自体が犯罪なのは間違いない。
だから本作のように、雨の公園で濡れるままで本を読んでいた更紗(少女期・白鳥玉季、15年後・広瀬すず)に、「うち、来る?」と傘を差しかけた佐伯文(松坂桃李)は、やはり犯罪者なのでしょう。実際にそうした事件もたびたび起きたりして、当然我々もおぞましい思いにとらわれる。ただ、そこから小説はフィクションの“純愛”物語とした。
ともあれ、こうした“犯罪”に対しての捉え方は、それぞれでしょうし、映画(原作も)の見方も観客によって違うのは当然です。
ところで私は、幼い頃に観て、記憶の底に埋もれさせていた映画『シベールの日曜日』を久しぶりに思い出しました。ロリコンとか、まったく知らない時代のモノクロ映画ですが、戦争で記憶をなくした帰還兵士が、孤独な少女と知り合い、毎日曜に会うようになって二人の時間を過ごすのだけど……。とても美しいけれど悲劇的な物語で、確かにそこには危うさ、儚さ、タブーとしての関係性みたいなことを、子供心に感じていたように思います。
それはそれとして『流浪の月』は力作ですし、余韻をずっしりと観客に残してくれます。俳優たちが皆さん素晴らしいし、撮影監督として起用したホン・ギョンピョ(『バーニング 劇場版』や『パラサイト 半地下の家族』など)の陰影ある映像が美しく、この作品に深味を与えています。主なロケーションとして使われている松本市の情景、また15年後の二人の再会となる喫茶店も雰囲気があって、場(柱)としての効果でしょう。
さて今回の「ここを見ろ!」は、構成としての「回想」シーンの据え方です。
皆さんの大好きな「回想」については、このコラムの1回目の『ファーストマン』や、2回目の『スリー・ビルボード』などで述べました(※)。
簡単に「回想」シーンを入れてしまうと、シーンの流れを悪くしてしまうだけでなく、要は単なる「説明」になる恐れがある。映像的な手法ではあるのだけど、シナリオをつまらなくする手法のひとつこそが、安易な「回想」。なので、基礎講座などでは「禁じ手です」と講師は何度も繰り返します。
ですが「構成」の手段として巧みに使うと、重層的でドラマの密度を高める手法でもあり、本作の李監督の脚色は、原作をそぎ落として、見事に二つの時間を交差させる「回想」としています。これをじっくりと見てほしい。
原作は短い「少女のはなし」という章からはじまり、「彼女のはなし」「彼のはなし」といった、それぞれの視点で誘拐事件のあった当時と、15年後の二人の現在として構成されています。
これを李監督は、更紗と恋人の中瀬亮(横浜流星)との現在を進行させつつ、断片的に15年前の更紗と文の時間を挟んでいきます。この現在で、亮との関係に違和感を抱き始めている更紗と、隠れるように生きている文が、運命の再会をしてしまう。
現在の側では、基本的に時間軸通りに物語が進むのですが、過去の時間(文と少女更紗のきらめきの日々)が挟まれ、それも出会いや終息の場面などはバラバラで示される。それによって過去に何があって、二人がどういう時間を過ごしていたかが、絶妙にゆっくりと分かってきます。
いわゆる説明の回想になっていません。更紗を中心に現在を綿密に追いながら、過去の二人の思いがジワジワと染みてくるようになっています。
説明ではなく、構成の手段として“時間”が描かれている手法を見て下さい。
※『スリー・ビルボード』と『ファースト・マン 』についてはこちらの記事を。
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『流浪の月』本予告/5.13公開
- 「映画が何倍も面白く観れるようになります!」
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