脚本家でもあり小説家でもあるシナリオ・センターの柏田道夫講師が、公開されている最新映画を中心に、DVDで観られる名作や話題作について、いわゆる感想レビューではなく、作劇法のポイントに焦点を当てて語ります。脚本家・演出家などクリエーター志望者だけでなく、「映画が好きで、シナリオにもちょっと興味がある」というかたも、大いに参考にしてください。普通にただ観るよりも、勉強になってかつ何倍も面白く観れますよ。
-柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その59-
『君を想い、バスに乗る』シンプルな旅ものを人間ドラマに高める
地味に公開されているのですが、ぜひ観てほしい『君を想い、バスに乗る』。とてもシンプルな構成のロードムービー(旅もの)、それも一人旅の物語なのですが、じんわりと胸に響きますし、シンプルであるがゆえに、人間ドラマとして深く描くことができる教科書のようなイギリス映画です。
監督は『トゥルーラブ』(92)や、『ウィスキーと2人の花嫁』(16)のギリーズ・マッキノン。脚本はイギリスのテレビドラマを書いていたジョー・エインズワースですが、父たちが「バスの高齢者無料パスでどこまで旅ができるか?」と会話しているのを耳にして、このアイデアが生まれたとか。
ロードムービーは、主人公が旅を始めて、その道中を描き、ゴールである最終地点に到達して終わる、という最もシンプルな物語の基本型となります。
このコラムでは一人旅もののロードムービーとしては、クリント・イーストウッド主演・監督の『運び屋』(※「映画のここを見ろ!その5」)や、アカデミー賞作品賞や監督賞を受賞した『ノマドランド』(※「映画のここを見ろ!その34」)を取り上げました。
ただ、一人旅は途中で会う人たちとのエピソードとなるため、平板になる怖れもあり、ゆえにバディ(相棒)で旅をする、という設定が増えます。アカデミー作品賞や脚本賞の『グリーンブック』(※「映画のここを見ろ!その4」)は、まさにこちらです。
で、『運び屋』は麻薬の運び屋となった主人公の爺さん(イーストウッド)が、自宅を拠点として、何度も旅をするという変則型でした。『ノマドランド』は、ノマドと呼ばれるクルマそのもので生きている主人公の日々で、シンプルに目的地を目指しての旅ものとはやはり違う構造でした。
その点、この『君を想い、バスに乗る』は、愛妻の死がきっかけで、妻との約束を果たすために、スコットランド最北端の村から、イギリス・ブリテン島を南下、イングランド最南端のランズエンドまでの主人公の旅です。この距離は日本ならば、東京から鹿児島までに匹敵するとか。それもこの距離を路線バスを乗り継いで行く。しかも旅をするトム・ハーパー(ティモシー・スポール)は、健康も万全ではない90歳の老人なのです。
ところで、亡き妻の遺志を果たすために夫が一人旅をする話ならば、ほぼ同じ設定の邦画があります。高倉健さんや大滝秀治さんの遺作となった降旗康男監督の『あなたへ』(12)です。ただ、こちらは健さんの旅の手段は、改造した寝泊まりができるミニバン。富山から長崎平戸までの旅でしたが、日本ではさすがに路線バスの乗り継ぎは難しいし、飛行機や列車ならば簡単に目的地に着きすぎてしまう。
製作者たちが『あなたへ』を知っていたかどうかは分かりませんし、アイデアとしてはありがちかもしれない。ただ、『君を想い、バスに乗る』のトムは貧乏旅行なのと、若い頃の妻との“思い出”を辿るという目的もあります。この若き日の二人の過去や、妻との約束は何か?といったことが、トムの旅の途中で次第に明らかになる、という展開のさせ方が絶妙です。
当然、今のSNSの時代性やイギリスが置かれている状況(中盤、トムを助けるのがウクライナからの移民たち、というのも感慨深い)、トムがどうしてそんなに小さなトランクに固執するのか?といった引きもあります。そうした過去の履歴や妻への想い、それを小出しにしていく手法を見せることで、終盤は涙が止まらなくなります。
90歳代のトムを演じたティモシー・スポールの実年齢は64歳で、しかもノーメイクで演じたということ。もうヨボヨボの爺さんにしか見えません。日本だと亡き笠智衆さんとか、加藤嘉さんが思い出されます。
『あなたへ』もですが、妻への思いゆえに夫が、という旅の動機は、やはり男の方が未練がましい(きれいにいうとロマンチスト?)なのでしょうか?我らが大先輩の内館牧子さんだと、夫のためにロマンチックな旅をする妻の物語なんて書いてくれないでしょうね(冗談です)。
ともあれ、物語の最もシンプルな基本型であるロードムービー、それも単調になりがちが一人旅でも、これだけ感動的な人間ドラマにできる。
そのためには、どうキャラクターを造り、どのようにそれを展開(旅の過程)と合わせて分からせていくとよいか、をこの佳作から学んで下さい。
・YouTube
映画『君を想い、バスに乗る』公式
映画『君を想い、バスに乗る』予告(30秒ver.)
-柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その60-
『PLAN 75』説明を極力排除した映画ならでは場面とセリフ
公開されてしばらく経っているのですが、評判を呼びロングラン上映されている『PLAN 75』を取り上げます。
脚本・監督はこれが長編デビュー作という早川千絵さん。独学でいつくかの短編映画を撮った過程で、是枝裕和監督総合監修のオムニバス映画の一篇として参加した同名作を、新たに長編劇映画として再構築したということ。
現代日本の少子高齢化社会の先に起こりえるかもしれない制度、75歳になると自然死を選択できる通称<プラン75>が施行された時代の物語。重いテーマを掲げ、けっして愉快ではない話ながら、ヒットしている。それも私が入った映画館は、シルバー世代や中年客ばかりではなく、若いカップルが何組もいて、まさに直近の問題として受けとめられている証と感じました。
まず驚かされるのはトップシーンです。こうしたいわゆるヒューマンドラマだと、例えば主人公78歳の角谷ミチ(倍賞千恵子)の老女の日常生活を淡々と描いて、といった「撫で型」(※)の入り方が考えられます。
そうではなく、思いきり「張り手型」(※)です。それもつい数年前にあった障害者施設の襲撃事件を彷彿とされる衝撃事件からです。ただ、こうしたインパクトのある場面はここだけ。後は大声を上げるようなシーンや局面はほぼなく、独り暮らしで生きる選択肢がなく、制度を受け入れていくミチと、コールセンターでミチの話を聞く成宮瑶子(河合優実)。
さらにこの制度を推進している公務員の岡部ヒロム(磯村勇斗)と、生き別れていた伯父(たかお鷹)。もう一人、フィリピンから日本に来て介護の仕事から、プラン現場の実務者となるマリア(ステファニー・アリアン)の三組の逸話が、交互に展開していきます。
さて、今回本作で見ていただきたいのは、ギリギリまで説明をそぎ落とした場面展開とセリフです。
事件の後に伝えられるのは、このプランが(議論の末に)国会で法案として成立した、というニュースです。さらにプランの詳細に関して、検討しているという老女と、ていねいに答える係員とのやりとり。この【起】の部分で、「こういう時代・社会となった」といった前提、設定を説明ではなく観客に受け入れさせています。
皆さんがよく書いてくるSFやファンタジー、あるいはいわゆる「ディストピア(反理想郷・暗黒世界)」ものとかで、どう設定を分からせるか?
【起】でそうした前提とかをぐだぐだと説明するな、と「映画のここを見ろ!その57」の『シン・ウルトラマン』(※)で述べましたが、真逆的なジャンルの本作も同じです。
で、こうした設定を伝えた後で、本作の人物たちは以後、ほとんど余計なことを喋りません。人物の孤独とか悩みだったりも独白したりもしない。この極端なまでのセリフのそぎ落としは、映画だということもあります。映画館で観客が黙ってスクリーンを見つめるゆえに成立する。
テレビドラマだと、このアプローチは受け入れてもらえないかもしれず、もう少し饒舌に会話として、人物の思いや事情を語らせるでしょう。例えば、公務員としてこの制度を進めようとするヒロムと、疎遠だった伯父との関係性、さらには制度を実行しようとする伯父とのやりとり。
あるいはミチが選択にいたる過程も、ことさら場面で見せずに、生活の変化と、カウンセラーの瑶子との関わりなどで分からせていきます。このシナリオの場面展開の妙、セリフで語りすぎない見事さ。
もうひとつ、この物語のシナリオ上の巧みさは、こうした制度が施行されたという既成事実を観客に容認させた後で、肝心の場面をいつどこで見せるか?(この肝心な場面というのが何かは、映画を観て確かめて下さい)
通常ならば、【起】かせめて【承】の頭くらいで、それを観客に見せるシナリオとするでしょうが、介護士マリアの仕事で匂わせるだけです。そして……
さらには逸話としての三組の人物たちのからませ方。物語上の構成としては、どこで彼らを、となるのですが、それもあえてという運び。これもある意味、映画ゆえに成立する手法といえるでしょう。
※「撫で型」「張り手型」についてはこちらの記事を。
※『シン・ウルトラマン』についてはこちらを。
・YouTube
Happinet phantom
大ヒット公開中|映画『PLAN 75』予告編
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