脚本家でもあり小説家でもあるシナリオ・センターの柏田道夫講師が、公開されている最新映画を中心に、DVDで観られる名作や話題作について、いわゆる感想レビューではなく、作劇法のポイントに焦点を当てて語ります。脚本家・演出家などクリエーター志望者だけでなく、「映画が好きで、シナリオにもちょっと興味がある」というかたも、大いに参考にしてください。普通にただ観るよりも、勉強になってかつ何倍も面白く観れますよ。
-柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その69-
『フェイブルマンズ』主人公の旅立ちをホームドラマとして描く
ここのところ公開される洋画に、「映画」そのものを扱った佳作が続いています。前回取り上げた『エンドロールのつづき』(※)は、まさに少年が映画と出会って、将来の夢として育むインド版『ニュー・シネマ・パラダイス』でした。
賛否両論ですが、『ラ・ラ・ランド』で一躍注目されたデイミアン・チャゼル監督の新作『バビロン』。サイレントからトーキーに移行するハリウッド黄金時代に、映画の夢を追い求め翻弄される男女たちの絢爛たる物語。
また、名匠サム・メンデス監督が、1980年代のイギリスの片田舎にある映画館で働くヒロインと黒人青年の恋を中心に、人種差別や映画館スタッフたちとの絆を描いた『エンパイア・オブ・ライト』。
そして、真打ち登場こそが、今回取り上げる『フェイブルマンズ』。
映画の申し子、アメリカ映画をずっと牽引してきたスティーヴン・スピルバーグ監督が、「映画少年だった自らの原体験を描いた」という触れ込みで、映画ファンは公開を待ち望んでいました。さすがスピルバーグ!見事な語り口で、心ときめかせてくれる2時間半の傑作でした。
とはいえ、私もですが、多く映画ファンが想像していたものとはかなり違う造りになっていたように思います。
『エンドロールのつづき』は、主人公の少年が、父に連れられて映画館に行き、映画と映写技師と出会って、光の芸術である映画を追体験していく。『バビロン』は映画を創る撮影現場が主な舞台となり、そこで夢を掴もうとする人物たちの、いわば群像劇的な物語。『エンパイア・オブ・ライト』は、映画を提供する映画館で働く主人公を中心とした恋や生き方、時代性を描くヒューマンドラマです。
『フェイブルマンズ』は造りとしては『エンドロールのつづき』に一番近い。トップシークエンスも、主人公のサミー・フェイブルマン少年が、科学者の父バート(ポール・ダノ)と音楽家の母ミッツィ(ミシェル・ウィリアムズ)に連れられて、初めて映画館に行き、セシル・B・デミル監督の『地上最大のショウ』に出会うところから。
それがきっかけで、映画のとりこになったサミー(ガブリエル・ラベル)は、ティーン時代になっても、プロ並みの8ミリ映画を撮るようになっていく。これはまさにスピルバーグ自身の少年時代の映画への目覚めでしょう。そこからサミーの映画愛と成長の青春時代が綴られていく……。
それはその通りなのですが、想像と違うのは、むしろ主体として描かれるのは、サミーの家族の物語、つまり「ホームドラマ」だったこと。
もちろん一番近い『エンドロールのつづき』も、主人公が少年ですので、家庭の事情や、頑固な父との対立葛藤、お弁当を持たせてくれる母の無償の愛といった「ホームドラマ」要素はありました。
『フェイブルマンズ』も同様なのですが、特に父と母、さらに父の親友だったペニー(セス・ローゲン)との関係性が色濃く描かれています。スピルバーグが今の晩年になって、自身の原体験を描けたのは、両親がすでに故人となっていることが大きかったと察せされます。
サミー少年は、三人の妹たちや両親とベニーおじさん、つまり記録としての家族の姿を8ミリで撮ります。さらに級友たちを役者として、西部劇や戦争映画といったフィクションも創っていきます。
さらにユダヤ人差別を受けながら、ハイスクールでは卒業記念用の記録を撮るのですが、そこで映像が生み出す思いもよらぬ力を知ってしまう。
それ以上に、サミーが映してしまった自分の家族が抱えていた秘密。
今回の「ここを見ろ」は、この映画は主人公の少年が大好きな「映画」と出会い、それで生きようともがく青春物でありながら、その好きなものを通して描かれる「ホームドラマ」の構造です。
青春物はすなわち、主人公の出発(旅立ち)がメインのテーマとなるはずですが、多くは家族との別れをともないます。これを「ホームドラマ」として描くことで、スピルバーグは「夢の苦さ」も提示してくれた。
この映画では、我々が描かれるだろうと予測した、いわゆるスピルバーグ監督の成功までを見せようとしません。
その代わり、映画ファンならば誰もが心躍らせる体験を、最後に見せてくれます。ぜひ映画館で体験して下さい。
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ユニバーサル・ピクチャーズ公式
映画『フェイブルマンズ』本予告/2023年3月3日(金)全国公開
-柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その70-
『ロストケア』「役者に深切」こそ、最大の見せ場となる
今回取り上げる『ロストケア』は、観て心地よくなる、あるいは楽しくなる映画ではけっしてありません。今、日本人にとって最も切実といえる高齢化社会、介護問題をメインに据えて、しかも(フィクションとはいえ)その介護の現場で起きた介護士による連続殺人事件の顛末を描いています。
近年、皆さんのコンクール応募作とかで、一番多いテーマや題材こそがこれ。下読みの審査とかをしていて「あ、またか」とつい思ってしまったり。
むろん、だから書くなとは言いません。現代人が、現代日本が抱えているまさに切羽詰まった社会問題ですし、これをドラマとして描きたいという作者の思いは理解できます。問題はどう物語とするか?
本作は2013年に日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞した葉真中顕の『ロスト・ケア』が原作です。これを前田哲監督が交友のあった松山ケンイチさんにもちかけて、やろうとなった。
ところが前田監督が3パターンの脚本を書いて映画会社にもちかけても、どこも実現は難しいという返事。しかしようやく、日活の有重陽一プロデューサーが興味を示して動き出した。
そこから紆余曲折を経て、女性視点を加えた方がいいということになり、脚本に龍居由佳里さんが参加、原作は男だった大友検事を女性に変更。この脚本の完成まで4年かかり、第23稿までいったとか。
原作はまさにミステリーだったのですが、人間ドラマ性を強調した作りに変わっていったそうです。
主人公の介護士、斯波宗典(松山ケンイチ)は、42人もの顧客を「救った」と称して殺していたのですが、その犯罪が判明するきっかけの事件の作りが、ミステリー仕立てになっています。
そうした展開も絶妙にうまいのですが、そこから斯波の犯行が判明し、検事である大友秀美(長澤まさみ)が対峙していきます。この容疑者の斯波と、大友検事との息詰まる数度の対決場面が、この映画の最大の見せ場となっています。
で、今回の「ここを見ろ!」はこの見せ場の作りと、これこそが俳優をその気にさせる最大の要因となるということ。
シナリオ・センター創設者の新井一先生がよく引用していたことが、歌舞伎台本の第一人者、河竹黙阿弥の「劇作者が心得るべき三大深切(親切)」。「座元に深切、役者に親切、見物に深切」。
つまり興行主(製作会社とかプロデューサーとか)に、演じる役者(俳優さん)に、そしてお客さんに深切にする(喜ばせる)ことを忘れるな、という意味です。
当初からこの企画に乗った松山ケンイチさん演じる斯波は、とにかく圧倒させます。以前から軽い役どころも飄々さを味わいとしていましたし、例えば、実在して夭折した天才棋士を演じた『聖の青春』などは神がかっていました。
さらに大友検事を演じた長澤まさみさん。これは私の勝手な想像ですが、この重要な副主人公を女性として、かつ長澤まさみさんにオファーし、彼女に「やりたい」と思わせた段階で、この難しい題材、テーマの映画が、大きく実現へと動き出したと思うのです。
映画は往々にしてこうしたことが起きます。前々回取り上げた田中和次朗監督の『ひみつのなっちゃん。』(※)。まったく実績のない新人監督の企画実現の決め手こそが、滝藤賢一さんが脚本を読み、「出たい」と受けたことでしょう。
スターである長澤まさみさんには、すでに浸透したイメージがあります。そうしたイメージに乗っかった企画ではなく、この大友検事の役は、彼女にとってかなりの挑戦であったと想像できます。
でも、優れた俳優であればあるほど、常にチャレンジしたいという欲求を秘めています。それまでのイメージを覆す、こうした難物である役どころをぶつけたことで、彼女の役者心に火がついた。そのくらいに素晴らしかった。
松山さんや長澤さんだけでなく、柄本明さん、鈴鹿央士さん、坂井真紀さん、藤田弓子さん、戸田菜穂さん、脇に至る俳優さんたちが皆とてもいい。これこそ「役者に深切」な脚本だからです。
特にじっくりと対峙する犯罪者と検事のいくつものシーン。会話劇パーツでありながら、こここそが最大の見せ場になっていますし、この見せ場があることで俳優さんが乗ってくれている。そういう場面が書けるか、が脚本のキモでもあります。そこをじっくりと見てください。
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映画『ロストケア』本予告 (2023年3月24日全国ロードショー)
- 「映画が何倍も面白く観れるようになります!」
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