安楽兵舎V・S・O・P
シナリオ・センター代表の小林です。ここのところ、しきりとジェームス三木さんの戯曲「安楽兵舎V・S・O・P」が思い出されます。
1991年に創られた戯曲で、何回か色々な劇団で上演され何度も拝見しました。
ジェームス三木さんらしいウイットと風刺をたっぷり効かせたお話しなのですが、何故思い出したかというとニューヨータイムズの記事で再燃した成田悠輔さんの「高齢者は集団自決を」という発言のせいです。
団塊世代の端くれで山のようにいる老人の一人である私自身は、若者のためには老人は早く死んだ方がいいと思っていました。
でも、それは自分自身の問題で、老人の私が想う分には文句はないかと思うのですが、若い方が老人に向かって「死んでぇ!」と言うのは違うと思います。思っていても言葉に出していいことと悪いことがあるのですよ。「それを言っちゃあおしめぇよ~」って寅さんも言っています。
しかもそれを政府が後押ししているのですから、生産性のない人はいらないと。
で、その腹立ちの先にジェームス三木さんの「安楽兵舎V・S・O・P」を思い出したというわけです。
このお芝居は、70歳以上しか入隊できない自衛隊。自衛隊に入ると糖尿部隊、高血圧舞台、痛風部隊、リウマチ部隊、ボケ部隊などと分けられ、最先端の医療を受けられ、ゴージャスな個室、健康的な食事と至れり尽くせり。
大喜びの老人たちですが、まだまだ肉食系のおじいたちは若いお姉ちゃんが欲しくなって・・・という笑いありのジェームス三木流の大騒動のお話し。
観客も笑いまくっていると、戦争が起きてすべての老人部隊は死地に追いやられ、全員死んでしまうすごいオチのラストです。まさに、ジェームス三木さんの真骨頂の芝居でした。
何故思い出したか、是非とも再演して欲しいと思うのか・・・わかっていただけますよね。
笑いながら、ちょっと立ち止まる、そんなお芝居が好きです。
作家性
シナリオ・センター大先輩である出身ライタージェームス三木さんは、「20枚シナリオ新井一賞」の審査をしていただいたり、講演をお願いするといつも気軽の受けてくださり、ウイットに富んだお話を聞かせてくださいました。
三木さんのすごさはコメディでも大河ドラマでもしっかりと社会に向かって、テーマを持っていらっしゃることだと思います。たっぷりのユーモアに包んで、笑いの中にふと気づかせるという書き方がめちゃめちゃうまい。ゼッタイにストレートに言わない。
ご自分で監督もされた映画「善人の条件」では、ある田舎の市長選挙を舞台に、ひとりの立候補者が、クリーンな選挙活動を目指しながらも、様々な要因によって政治の裏のドブにハマって破滅していく姿を描いています。
また、戯曲「真珠の首飾り」では、日本憲法を創るにあたり、女性の権利条項を起草したベアテ・シロタ・ゴードンさんを中心に、草案作りに立ち向かったGHQ民政局の人々の葛藤と論議を克明に描いています。
三木さんは、こういう作品ですら、声高で批判するとかではなく、これが正義だというのでなく、楽しませながら見る者へさりげなく気づきのメッセージを送ってくれます。
エログロナンセンスもお好きでいらっしゃいますしね。(笑)
もうずいぶんと昔の作品となった大河ドラマ「独眼竜正宗」「葵徳川三代」や朝ドラ「澪尽くし」がいまだに語り続けられるのは、ジェームス三木さんの高い作家性ゆえだと思うのです。
なにかあった時にフト思い出される、後世に語り継がれる作品は、作家性の高さにかかってくるのではないでしょうか。
三木さんのお芝居で知ったことはたくさんあります。平和憲法の大切さもそのひとつです。
「真珠の首飾り」では、参政権もなかった女性の権利を、アメリカ人のゴードンさんが戦いとってくれたのだということを知りました。
平和憲法は確かにアメリカ主体で創られたのですが、日本人の旧体制を打ち破ってくれた、為政者の都合の良い形でなく日本国民下々に必要な形で創られたものだということがわかりました。
「99条 天皇または摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他公務員は、この憲法を尊重し、擁護する義務を負ふ」
権力側は憲法を遵守する義務があり、国民は守らせる責任があるということです。
国は国民のためにあるので、国民が国のためにあるのではないことだけは確かなことだと思うのです。
お芝居や映画・ドラマは、何かを教えてくれること、気づかせてくれること、心を休ませてくれること、大きな力があるのだと思います。「人間を描く」ということですから。