脚本家でもあり小説家でもあるシナリオ・センターの柏田道夫講師が、公開されている最新映画や、DVDで観られる名作や話題作について、いわゆる感想レビューではなく、作劇法のポイントに焦点を当てて語ります。脚本家・演出家などクリエーター志望者だけでなく、「映画が好きで、シナリオにも興味がある」というかたも、大いに参考にしてください。映画から学べることがこんなにあるんだと実感していただけると思います。そして、普通にただ観るよりも、勉強になってかつ何倍も面白く観れますよ。
-柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その85
『ミッシング』現実をさまざまな角度からリアルに描く映画的手法
石原さとみさんがこれまでのイメージを一変させる熱演で話題となっている社会派ヒューマンドラマ(&ミステリーでもある)『ミッシング』をご紹介します。脚本・監督は硬派な作風で定評のある吉田恵輔さん。
この監督さんを最初に注目したのは、脚本家志望者たちを題材とした(ということでシナリオ・センターもロケなどで協力)シビアな『ばしゃ馬さんとビッグマウス』で、その後も『ヒメアノ~ル』や『空白』などで驚嘆、追いかけるようになりました。今回の新作『ミッシング』でも、『空白』のリアリズムをしのぐ、ナマな痛みとリアリティで、観客の一人ひとりにズバズバと迫る映画になっています。
ところで皆さんは、映画はどのような手段で鑑賞されているでしょう?おそらく一番多いのが配信でしょう。今や映画として劇場公開されても、半年、一年も経たずに配信で観ることができますし、作品によってはいきなり配信でしか公開されない作品も多数です。
このコラムで取り上げる作品は、基本 映画館で公開されるものです。私も見逃した話題作など、配信で観ることもありますが、映画館という空間をこよなく愛しているので、できるだけお金を払って観るようにしています。
ネット時代になって、映像作品の作られ方や公開方法は明らかに変化しています。それらの違いはあるのかないのか?
私が脚本の勉強をし始めた頃、「映画とテレビドラマの違い」を教えられました。大きな画面で見る映画は、ロングショットが効果的だが、テレビはアップの絵の方がいい。映画の鑑賞は、観客を暗闇に置いて集中させるため、極力説明を排していいが、日常の一部であるテレビは、なるべく分かりやすく、無音は避ける。ゆえにセリフがより重要となる、などなど。
他にもメディアの違い、特徴もいろいろあるでしょうが、キリがないのでやめておきます。ただ、本コラムは「映画のここを見ろ!」で、映画としての造りや手法を学ぶことで、皆さんの創作に活かしてほしいという狙いがあります。以前にも第45回『由宇子の天秤』(※)や、第60回『PLAN 75』(※)などで、映画ならではの見せ方や手法について述べました。
さて前置きが長くなりましたが『ミッシング』です。
冒頭は6歳の少女、美羽のさまざまなスナップショット。ひたすら可愛らしい女の子の点描。そこから一転、沼津駅前で「捜しています」と美羽失踪のビラを配る森下沙織里(石原さとみ)と、夫の豊(青木崇高)。この夫婦を地元のテレビ局が取材をしていて、その記者が砂田(中村倫也)です。
日本でも数年ごとに、こうした子どもの失踪事件が起きますが、森下夫婦もそうした事件に遭遇してしまった。その痛ましい日常が綴られていきます。詳しくは映画を観てほしいのですが、夫婦の葛藤や戦い、焦燥はもちろん、誹謗中傷溢れるネット社会だったり、視聴率優先のマスコミや報道の現状などなど、今の時代が抱えるいくつもの問題や背景をいかに脚本としているか。
フィクションなのですが、まさに現実をリアルに描く映画的な映画。こうしたアプローチこそが、“今回のここを見ろ!”です。
で、この映画のリアルさ。沙織里のヒステリックなまでの焦燥や悔恨、寛容な夫の豊にさえもぶつけられるいらだち、報道の砂田へ、さらには美羽と最後に過ごしていた愚直な(ゆえに異様にも感じられる)弟の土居圭吾(森優作)への感情の揺れ、爆発、相克の描写のナマさ。吉田監督が脚本を数年かけて直して直して、という過程が察せられる緻密さ。
そして、本作で観てほしいのが、このコラムでも何度も指摘している「回想」について。皆さんが大好きで、特に今の映像作劇では、当たり前のようになっている「回想」シーンが一切なく、これもリアルさの要因になっています。
たとえば美羽ちゃんは、叔父の土居と一緒にいて、夕方になって、近くの自宅に戻る数十分の道で失踪してしまった。その失踪前後の場面であったり、いなくなったと騒ぐその後の森下夫妻らの騒動などを「回想」で見せてしまいたいのですが、それを使いません。
じゃあ、そうした“過去”をどのように現実の進行の中で伝えていくか?
そして、この事件の結末をどのようにつけていくのか?
ちなみに、この映画のパンフレットは1200円と高いのですが、巻末に決定稿の脚本が掲載されています。映画を観た後でじっくりと読むと、さらに脚本の緻密さと、映画的な手法が理解できるはずです。
▼ワーナー ブラザース 公式チャンネル
予告編
-柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その86-
『関心領域』切り口で新しくする手法と、“音”で映像をつくる
公開される前からあちこちで話題にされていた『関心領域』です。
『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』のジョナサン・グレイザーが、イギリスの作家マーティン・エイミスの小説を原案に、脚本・監督したということ。カンヌ映画祭のコンペティション部門でグランプリ、アカデミー賞でも国際長編映画賞と音響賞をとっています。
前回、取り上げた『ミッシング』は、映画的手法を駆使している点を観てほしいと述べましたが、本作もまさに、という作品です。
ただし、映画の大画面やスペクタクルを見せ場とするような映画的ではありません。ただ、テレビ要素的なクローズアップはほぼなく、ロングショットで定点観測的に、ある家族の姿をひたすら淡々と、記録のように見せていきます。
ネタバレはしませんが、すでに本作の紹介(物語の設定)として述べられているのは、このある家族というのは、第二次大戦時にユダヤ人虐殺を行ったアウシュヴィッツ収容所 所長一家で、その収容所に隣接した瀟洒な邸宅に住んでいる。所長の名はルドルフ・ヘス(クリスティアン・フリーデル)、妻はヘートヴィヒ(サンドラ・ヒュラー)、子どもたちと数名のメイドと共に、幸せそうな家族と、友人たちの平穏な日常を見せていく。
ちなみにサンドラ・ヒューラーさんは、第81回『落下の解剖学』(※)の主演。この折にはあまり触れませんでしたが、いま最もうまい俳優さんの一人でしょう。
さて、この邸宅の向こうは高い壁で覆われていて、煙突から白い煙が上がり、たえず不快な音が聞こえています。明らかに異様なのですが、家族や仲間たちは、それらにひたすら無関心です。特に妻は、こうした家に住むのが夢で、夫の転勤の報せに対して、この暮らしから離れることが嫌だと拒否したりする。その感覚に震えてきます。
この映画のテーマは、ホロコーストの恐怖ということ以上に、現代人である我々に対しても、タイトルの示す意味は? を問うていることです。それはじっくりと考えていただくとして、今回の「ここを見ろ!」は2つ。
ひとつは、ありきたりを脱するための題材の切り方です。
いわゆる「ホロコースト」ものは、戦争映画のひとつのジャンルとして、毎年のように製作されます。本コラムでも第20回『ジョジョ・ラビット』(※)で、ヒトラーを敬愛するドイツ人少年を主人公に、彼がユダヤ人少女と知りあったり、特異な体験を通して成長するアンチの手法について述べました。
この『関心領域』もある意味アンチ的な設定です。直接の表現として壁の向こうで行われていることは見せません。その隣の家族の日々、日常をあえて淡々と描きながら、時折、異常な動作や戦争の影を示していく。さらにそれについての詳しい説明もされません。たとえばヘートヴィヒが豪華そうな毛皮の試着に興じているシーンの意味は?
ともあれ、ホロコーストを描こうとして、殺されたユダヤ人側から描くのがオーソドックスなら、まったく逆の切り口なり、こうした間接的な設定として、あえてそのものを描かないアプローチで考えてみる。
皆さんが多く手がける題材、テーマとして近年ではたとえば「介護・認知症」あるいは「いじめ」などがありますが、ほとんどが「ああ、またか」という第一印象となります。そこで「こういう描き方があったか!」という切り口を示せるだけで、ありがちを脱するかもしれません。
もうひとつの「ここを見ろ!」は、描写・ト書としての“音”の表現です。これについてはこれまであまり述べていなかったように思います。
「ト書をどう書くか?」は皆さんも悩むところで、基本は“必要最小限”なのですが、もうひとつ“音を巧みに入れる”という手法もあります。「シャレード」表現のひとつでもあって、たとえば芭蕉の「古池や蛙飛びこむ池の音」は、音によって情景(映像)をイメージさせる秀逸な句です。
本作は「音響賞」を獲得していますが、ヘス一家の日常を見せつつ、常に聞こえている音こそが、観客に映像を想起させるようになっています。時折響く銃声、誰かの叫び声、何かを燃やす音などなど、小鳥の鳴き声の合間にそうした音があることで、起こっていることを観客に想像させる。
こうした“音”はもちろん、ト書で指定していいし、それによって映像をイメージさせるのも巧みな脚本の手法となります。まさにそれを感じさせて、さまざまなことを考えさせる映画『関心領域』です。
▼Happinet phantom
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