脚本家でもあり小説家でもあるシナリオ・センターの柏田道夫講師が、公開されている最新映画や、DVDで観られる名作や話題作について、いわゆる感想レビューではなく、作劇法のポイントに焦点を当てて語ります。脚本家・演出家などクリエーター志望者だけでなく、「映画が好きで、シナリオにも興味がある」というかたも、大いに参考にしてください。映画から学べることがこんなにあるんだと実感していただけると思います。そして、普通にただ観るよりも、勉強になってかつ何倍も面白く観れますよ。
-柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その89
『フォールガイ』バックステージものを活かすアプローチ
これでもかと連続するアクションで、酷暑も忘れさせてくれる『フォールガイ』を取り上げます。まさにアクション映画などで、陰ながら欠かせない役割こそがスタントマンですが、そのスタントマンが主人公の物語。
製作・監督はもともとスタントマンでスタントコーディネーターを務めていて、『デットプール2』や『ブレット・トレイン』も監督しているデヴィッド・リーチ。主人公のスタントマン・コルト役はライアン・ゴズリング。その恋人で、SF映画を撮る監督のジョディ役はエミリー・ブラント。
映画界の一線級のスタントマンだったコルトは、アクションスター、トム・ライダー(このネーミングは明らかにあの人を想起させます)の代役として撮影中の事故で背中を負傷、姿を消してレストランの駐車係をしていた。そこにプロデューサーのゲイルから、スタントの依頼が。かつての恋人だったジョディの初監督作と聞いて復帰をすることに。
危険なスタントをこなしつつジョディと復縁の兆しが見えた頃、主演のトムが失踪、ゲイルから探すように頼まれて、犯罪に巻き込まれるはめに……というのがおおまかなストーリーですが、今回の「ここを見ろ!」は、いわゆる「バックステージもの」のアプローチについて。
「バックステージもの」は、映画や舞台劇の一ジャンルです。この業界で作品を作ろうとする人たちが奮闘しつつ、作りあげていく過程を描いていく。
ハリウッド映画ではまず、ミュージカルの名作が思い出されます。サイレントからトーキーに移行する騒動を描いた『雨に唄えば』。マリリン・モンローとエセル・マーマンの『ショウほど素敵な商売はない』。ブロードウェイの舞台ができるまでの『四十二番街』。ダンサーたちが舞台のオーデションに挑む群像劇『コーラスライン』などなど。
ドラマや恋愛物としては、フランソワ・トリュフォー監督が撮影現場に集まる人たちを描いた『アメリカの夜』。フェデリコ・フェリーニ監督が自身をモデルにして映画製作の葛藤をテーマとした『8 1/2』(『NINE』はそのミュージカル版)。アクションではありませんが、タランティーノがハリウッドを舞台にして、スターとスタントマンの友情を描いた『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(※)も。
日本映画では、真っ先にあげたいのが、映画の大部屋俳優にスポットを当てた『蒲田行進曲』。そのかつての蒲田撮影所を舞台に、昭和初期の映画界を描いた『キネマの天地』というように。もう一本、シナリオ・センターのOBで、低予算映画が大ヒットした上田慎一郎監督作『カメラを止めるな!』もバックステージものといえます。
あげているとキリがありませんが、機会があれば見て下さい。どの作品も外れなしです。ともあれ、バックステージものは、創り手自身の生きる世界なので、アプローチしやすいともいえるのですが、据えるテーマだったり、切り口によって違ってくることが分かります。
で、『フォールガイ』は、この業界に欠かせないスタントマンを主人公にして、しかもスタントが最も活きるジャンルとして、アクションを際立たせる脚本、造りになっているところに注目してほしいのです。
映画のアクションシーンを撮影するためのスタントアクションに加えて、主人公のコルト自身が、事件の真相と潔白を晴らすために戦うためのアクション。この両面を展開させる脚本が、区別がつかないほどに巧みです。
つまり本作は「バックステージ×アクション」という組み合わせで、映画業界でスタントに命を賭ける人物をメインに据えています。
上記作なら『雨に唄えば』は、新技術である“音”を導入しようとする右往左往の俳優たち。もっと極端なのは『カメラを止めるな!』で、流行のゾンビ映画を撮影している自主映画人たちのドタバタ。この映画には、冒頭部のワンカット長回しアクションという試みも挑戦でしたが。
発想法なりアプローチ法について、これまでもあれこれと紹介してきましたが、この『フォールガイ』も、ジャンルミックス化という組み合わせとすることで、一級のアクション映画になっています。そうした理屈は、後であれこれと反芻するとして、見ている間は頭をカラッポにして楽しまれることをオススメしますが。
そうそう、脚本内のセリフとして注目してほしいのは、再会したコルトとジョディが“撮影現場の最中”に交わしていく心情吐露のやりとりです。
※映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』についてはこちらを。
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ユニバーサル・ピクチャーズ公式
映画『フォールガイ』本予告
-柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その90-
『侍タイムスリッパー』タイムスリップものにリアリティを与える
公開から若干時間が過ぎたのですが、異例のヒットで拡大公開となっている話題作『侍タイムスリッパー』を取り上げます。
異例の、というのはこの映画、いわゆる自主製作映画で、1館だけの公開から始まり、SNSなどで評判となり連日満席、映画祭でも話題を呼び、あれよあれよと全国157館での拡大ロードーショーとなったのです。
かの(シナリオ・センターOBでもあった)上田慎一郎さん脚本・監督作『カメラを止めるな!』の軌跡(奇跡!)を辿っています。
私が見た時も大きな映画館は満席、「おわり」のエンドマークで、観客による拍手、という久しぶりの幸せな光景を体験させてもらいました。
脚本・監督・撮影・照明・編集、それから製作費捻出などなどをこなしたのは安田淳一さん。上田監督ともうひとつ共通するのが(テーマともなっている)「映画愛」で、夢を叶えた作品としても、観客の心をつかんだといえるでしょう。
自主映画でありながら、お金のかかる時代劇で、安田監督が奔走した結果、なんと東映京都撮影所の全面協力を得ることができた。その理由が「脚本がオモロイから、なんとかしてやりたい」だったとか。やっぱり決め手は脚本です。
内容は、タイトルが示す通りのお話。幕末期、会津藩士の高坂新左衛門(山口馬木也)が長州藩士を暗殺せんと剣を交えたまさにその時、雷に打たれ、気がつくと江戸の街角。実はそここそ現代の京都の撮影所だった。
ちょうどTV時代劇の撮影中で、高坂は騒ぎに巻き込まれてしまう。やがて、高坂は撮影所から外に出て、百年以上前に徳川幕府が滅んだことを知る。そしてこの世界で、自らの剣の腕だけを頼りに“斬られ役”専門の大部屋役者として生きていこうとする。
さて、今回の「ここを見ろ!」は、いわゆる「タイムスリップ」ものについての大切なポイントについて。
実はこの「タイムスリップ」「タイムトラベル」、あるいは(同じ一日とかを繰り返す)「タイムリープ(ループ)」といった設定は大流行で、見る側としては「またかよ」と食傷気味の設定のひとつでもあります。でも大好きな方も多いですよね。
これについては第35回『パーム・スプリングス』(※)でも述べました。(もう一作「時代劇」については第71回『せかいのおきく』も読んでください※)
いきなり、あるいは何かがキッカケで現代人が過去に行ってしまう。あるいは本作のように、過去の人物(たち)が、現代にタイムスリップしてしまう。
いろいろと展開が拡がるおいしい設定ゆえに書きたくなります。その際に、いくつかの注意点があります。
まず、タイムスリップする要因、いきなり目覚めると、というのもあっていいのですが、やはり何らかの理由はつけておきたい。本作の場合は雷に会う、でした。他には、どこかのトンネルをくぐると、というのもあった気がします。
それは決めておくとして、現代人が過去に行った時に、あっさりと「タイムスリップしたんだ」と納得しないように。
フィクションの世界ではあるわけですが、実際にタイムトラベルした人は(たぶん)いません。もし現代人がいきなり江戸時代に行ったとして、「ここは江戸だ」と簡単に受け入れないはず。まずは夢かと思う。それから、実際にちょんまげとか着物ばっかりの人がいて、光景も江戸なら、たとえばまずは「映画の撮影?」と思ったり、そこからようやく……となるはず。
さらに人物がその時代なり境遇を受け入れる、さらにその逆であっても、極端な変化をきちんと踏まえることで、この設定にリアリティを与えられます。
『侍タイムスリッパー』は、江戸時代の侍が現代に来てしまうわけですが、まずタイムスリップした先が撮影所内の江戸のセット、それも時代劇の撮影中というのは(若干都合でもあるのですが)、主人公・高坂の戸惑いと、さらに病院から京都の街、そして居候するお寺へ、という過程とすることで、あり得ない出来事を次第に受け入れていくリアリティになっているわけです。
これは前回ご紹介した歴史的事実を踏まえたSF映画『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』(※)で述べた「いかに上手に嘘をつけるか」と同意です。高坂が現代で生きていこうとする過程や、その彼を助けようとする人たちとの関わり、そうした展開を経てのもう一人の人物との関係性なども。
それにしても、映画のクライマックスはまさに「時代劇」への思いが溢れた白熱の場面になっています。そういえばお顔はよく拝見しているけど……、という山口馬木也さんや、相手役の冨家ノリマサさんによる殺陣は見応えがあって、これぞクライマックス!でした。ぜひご覧ください。
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