今年6月にアメリカで開催された「第9回シアトル映画祭」。映画祭最高賞である映画祭全部門の最優秀監督賞と、監督・脚本を手掛けた『Red』(2020)で長編映画国際部門 最優秀作品賞を受賞された三島有紀子さん(映画監督・脚本家)。
なお、『Red』主演の妻夫木聡さんが最優秀主演男優賞を、三島さん監督・脚本『IMPERIAL大阪堂島出入橋』で撮影を担当された山村卓也さんが短編映画国際部門 最優秀撮影賞を受賞されたため、“三島作品”は四冠獲得。嬉しいニュースとして大変話題になりました。
『月刊シナリオ教室』(2024年11月号)では、『IMPERIAL大阪堂島出入橋』と、この作品がきっかけで制作された『一月の声に歓びを刻め』についてインタビューさせていただきました。
ブログ用にもコメントをいただきましたのでご紹介。「映画監督・脚本家になりたい」「映画を撮りたい」と思っている方は特に響く言葉がたくさんあるかと思います。参考にしてください。
『IMPERIAL大阪堂島出入橋』について
==あらすじ==
35年間、店とともに歴史を積み重ねてきたシェフが再び希望を見いだす一夜の物語。
三島さん自身の思い出の店である大阪・堂島の洋食レストラン「インペリアル」の閉店をきっかけに、在りし日の店を「記録」として残そうとした私小説的な一篇。
――とても印象的だったのが、終盤、佐藤浩市さん演じる主人公が道路に寝転がるシーン。これは脚本の時点で書かれていたのでしょうか?
〇三島さん:あのシーンは、佐藤さんにお見せした脚本の段階では書いてないんですよ。危ないので、実際は、なんとなく道路の前で立ち止まるっていうことしか書いてなくて。
でも佐藤さんと話し合っていたとき、「この男は死のうと思っているんだよね。そしたら俺、道路に出ちゃうかもしれない」って仰ったんです。
そのときは驚いたんですが、でも確かにそうだなと思って、撮影をしました。もちろん、いざ車がきたら、そのときは停められるように赤灯を持って誘導する、といった対策を準備してやりました。
――本作は11分30秒の長回し。圧巻でした。実際、脚本のイメージ通りに撮影できましたか?
〇三島さん:舞台にした通りは、自分が生まれ育った場所なので、どこに何があるかは全部わかってるわけです。だから歩いていく間に、何が見えて、どういう音が聞こえてくるか、みたいなことは、脚本段階で具体的にイメージしていました。
ただ実際の撮影では、信号のタイミングがあって、さすがに赤信号を歩いてもらうわけにはいかないので、青信号のタイミングで渡れるようにタイミングを何度も計算しました。
あとは光の加減ですね。最後のカットで、ちょうど空が白んでいく場面をとらえるためには、4時16分にスタートをかけないといけなくて……撮影前に、スタッフで何度も段取りを確認して、撮影に臨みました。
――『一月の声に歓びを刻め』にも長回しのシーンがあります。「長回し」にこだわる理由とは?
〇三島さん:これは言葉にするのは本当に難しいんですが、長回しをしていると、その間に役者さんご自身が生きてきた人生と、その役の人生が、一体になるというか、「溶け合う」っていう言い方が一番近いんですけど、そういう瞬間がある気がするんです。その瞬間を撮りたいって思うところが大きいかもしれないですね。
一人芝居でも、長回しをしていると、それまで役作りをしてきたものが段々薄まっていって、一個の生命体になっていくというか。そういう瞬間が生まれるのが面白いですね。
あとは、スタッフキャストがひとつになるという非常に映画的な瞬間が生まれるところかもしれません。
▼YouTube
MIRRORLIAR FILMS PROJECT
『IMPERIAL 大阪堂島出入橋』予告(映画『MIRRORLIARFILMS Season2』より)
『一月の声に歓びを刻め』について
==あらすじ==
北海道・洞爺湖。お正月を迎え、一人暮らしのマキの家に家族が集まった。マキが丁寧に作った御節料理を囲んだ一家団欒のひとときに、そこはかとなく喪失の気が漂う。マキはかつて次女のれいこを亡くしていたのだった。それ以降、女性として生きてきた“父”のマキを、長女の美砂子は完全には受け入れていない。家族が帰り静まり返ると、マキの忘れ難い過去の記憶が蘇りはじめる。
東京・⼋丈島。⼤昔に罪⼈が流されたという島に暮らす⽜飼いの誠。妊娠した娘の海が、5年ぶりに帰省した。誠はかつて交通事故で妻を亡くしていた。海の結婚さえ知らずにいた誠は、何も話そうとしない海に⼼中穏やかでない。海のいない部屋に⼊った誠は、そこで⼿紙に同封された離婚届を発⾒してしまう。
⼤阪・堂島。れいこはほんの数⽇前まで電話で話していた元恋⼈の葬儀に駆け付けるため、故郷を訪れた。茫然⾃失のまま歩いていると、橋から⾶び降り⾃殺しようとする⼥性と出くわす。そのとき、「トト・モレッティ」というレンタル彼⽒をしている男がれいこに声をかけた。過去のトラウマから誰にも触れることができなかったれいこは、そんな⾃分を変えるため、その男と⼀晩過ごすことを決意する。
やがてそれぞれの声なき声が呼応し交錯していく――。
――制作の経緯を教えてください。
〇三島さん:きっかけとしては非常にパーソナルな理由でした。私が6歳のとき、友達の家に遊びに行く途中、駐車場で見知らぬ男に性暴力を受けたんです。そのことがあってから、事件のことを思い出してしまうので、地元である大阪で作品を撮ることは避けていました。
でも、お世話になっていた青山真治監督に「一回、大阪を撮った方がいい。そしたら見えてくるものがある」ということを、ずっと言われていて……。
コロナ禍のとき、幼馴染が営んでいた洋食屋をモチーフに短編(『IMPERIAL大阪堂島出入橋』)を撮ることを決めて。そのロケハンで、プロデューサーの山嵜晋平さんと一緒に、地元の喫茶店に入ったら、本当にたまたま、犯行現場だったところが見えてしまったんです。
以前はビルがあったんですが、それが壊されていて、窓から丸見えの状態でした。山嵜さんが私の表情を見て、何かある場所だということに気づいて、「どうしたんですか?」と聞いてくれたんです。そのときに、実はあの場所で昔こんなことがあって……みたいに、なぜか普通に話ができたんですよね。
事件から47年経って、映画を一緒に作っている仲間に、こうやって笑って話せるんだと気づいたときに、このモチーフに向き合うとしたら、今なのかもしれないって思いました。
――執筆期間はどのくらいでしたか?
〇三島さん:構想を含めると、1年ぐらいかかっていると思います。書き始めるまでが長かったですね。
自分自身にインタビューをするような気持ちで、事件のことを掘り下げる時間がありました。「そのときどんな気持ちでしたか?」「本当はなんと言ってもらいたかったですか?」「どうして欲しかったですか?」みたいに自問自答しながら、思ったことを書き出していきました。
――本作の構成は3つに分かれていますが、「短編のオムニバス映画」ではなく、「表現スタイルの違う3作によって織りなされラストにつながる」という形になっています。このような形式にした意図を教えてください。
〇三島さん:この作品では、性被害のことをやりたかったわけではなくて、自分自身がその事件を見つめた先に、何が見えてくるのかっていうのをやりたかったんです。
犯罪というレベルではなく、あまねく人の日常の延長にあるような罪を見つめたいなと。だから、罪を犯した人と、被害を受けて傷つけられた人、傷つけられた人の近しい人、という3方向の視点で罪の意識みたいなものを描こうと思いました。
――あるインタビューで主演の前田敦子さんが「何かを植えつけてくるわけでもなくて、こうであるべきだでもなくて、余白をいっぱい作ってくれる心地いい、気持ちいい映画です」と仰っていました。「余白」というのはいつも意識されていることなのでしょうか?
〇三島さん:私は基本的に「想像して考えていただく時間」を大事にしているんですね。
作品によっては、「首根っこ捕まえてこれを見ろ!」といった感じの作品もあって。それはそれで面白いと思うんですけど、自分が作る場合は、できれば観る方が自由に想像できるような余白を残したい。
とはいえ、「ここまではわかってもらいたい」という部分もあるので、今回は脚本をスタッフに読んでもらうときに、どこまで伝わって、どこが伝わらなかったのかを確認するようにしました。
▼YouTube
東京テアトル公式チャンネル
映画『一月の声に歓びを刻め』30秒予告
「シナリオ・センターでは“自分は何を書きたいのか”ひたすら考えていました」
――三島さんは18歳からインディーズ映画を撮り始め、大学卒業後NHKに入局。「NHKスペシャル」「ETV特集」や震災特集など、市井の人々を追う人間ドキュメンタリーを数多く手掛けられています。シナリオ・センターに通うことになったキッカケを教えてください。
〇三島さん:NHKで働いていた頃に、神戸の震災があって、明日突然死ぬかもしれないんだって思って。 じゃあ、テレビのドキュメンタリーを作って死にたいのか、映画を作って死にたいのかって考えたら、映画を作って死にたいって思ったんです。
でもいきなり辞めても、ただ食べられなくなるだけだなと思ったので、とにかく2年間は、何もしなくても生きていけるだけのお金を貯めよう。同時に、脚本を書く技術を身につけようと思って通い始めました。
シナリオ・センターでは、とにかく授業を聴きながら、「自分は何を書きたいのか」ということをひたすら考えていました。
大学時代に自主映画を撮っていたこともあり、書きたいことはたくさんありました。なので課題が出た日に、速攻で書いていました。なんならその場で書いたこともあります(笑)。
――最後に、“後輩”へのメッセージをお願いします。
〇三島さん:私もそうでしたが、まずは企画書を書くこと。でもそれに限らず、いろいろな可能性を探っていくのがいいんじゃないかと思います。自分はこういう仕事しかしない、とピシッと決めてしまうと、選択肢が少なくなってしまうので。
オーダーされた仕事で、自分の作家性が発揮できなさそうに見えても、すぐに切り捨てずに、ここに自分のやりたいことを滑り込ませることができるんじゃないか?とか、やりたい構成を提案してみるとか柔軟に考えていくと、チャンスが生かされていくような気がしています。私も頑張ります。
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※シナリオ・センター出身の脚本家・監督・小説家の方々にいただいたコメントも併せてご覧ください。
▼脚本や小説を書くとは/シナリオの技術を活かして
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