シナリオ・センターの代表・小林幸恵が、出身ライターの活躍や業界動向から感じたことなど、2006年からほぼ毎日更新している日記です。
シナリオ・センター代表の小林です。年の瀬も迫ってきました。
今週は、打ち合わせばかり入って、なんだか気忙しい日々になりそうです。
シナリオ・センターは、学校ですので、冬休みが長いんです。
今年は、12月22日から1月5日までお休みをいただきます。
事務局は、24日大掃除までやりますけれど、それでも他から比べると早いです。
なので、実質今週で終わりですから、一般的に1週間は長いお休みとなります。
よろしくご了承下さい。
10月6日に、出身ライターの中園健司さんが亡くなられたことは、この日記でお知らせしましたが、中園さんが末期がんを宣告されてからの闘病日記のブログができました。
「みんないつかは死ぬんだから、ガンで良かった。~末期がんの告知 その日からの日記~」
中園さんと学生時代に演劇活動をされていたご友人が、中園さんの遺志を継いで、中園さんご自分自身の最後のドラマを公開されました。
「“死に至る病”を宣告されても、「明鏡止水」と応え、さらに、「ガンで良かった」と覚悟を語る。
死期を意識しつつも、泰然と過ごし、残された日々の営みを丁寧に綴りながら、人生最終章を仕上げる。
この闘病日記は、脚本家中園健司のラストシナリオなのです。」
とブログを立ち上げたご友人の言葉です。
中園さんは、6月にお引越しをされたとき「雨にぬれ風邪を引き、なかなか抜けません」とメールをくださいました。
ご本人は、身体の痛みも微熱も風邪のせいだと思っていらっしゃいました。
7月25日、食道がんと宣告され、その後の検査で骨、リンパに転移していることがわかります。
末期ガン告知からわずか2ヶ月あまり、10月6日に亡くなられるまでの壮絶な痛みとの戦いの中で、これほど日々の営みを大切にしながら過ごされた方も少ないと思います。
中園さんに対する私のイメージは、戦う脚本家です。
中園さんとよくお仕事をされていたNHKのWさんも、「中園さんとはよくケンカしました」とおっしゃっていましたから、私のイメージも間違いではないかと。(笑)
作品に対して真摯に向き合う中園さんは、妥協しない方でした。
脚本家としては、とても損な生き方をされていたと思います。
でも、もっと楽な生き方もできたでしょうが、中園さんはあえてなさらなかった気がします。
そんな中園さんが、私は好きでした。
人生最後まで戦い抜かれました。
この最後の日記を読まれると、中園さんとご一緒にお仕事された方は、中園さんの脚本が生まれた背景を実感されることでしょう。
中園さんを追っていく私たちは、脚本家としての佇まいを学びたいと思います。
自分の頭で、心で考え、行動する。
中園健司さんは、最後までほんものの脚本家でした。
中園健司さんの闘病記は、http://kenmind.web.fc2.com
検索「闘病記 中園健司」でも探せます。