シナリオ・センターの代表・小林幸恵が、出身ライターの活躍や業界動向から感じたことなど、2006年からほぼ毎日更新している日記です。
8月6日、シナリオ・センター代表の小林です。今日は広島の原爆記念日。朝から、広島は涙雨です。天国の被爆者の方々が、昨今の日本に心を痛めて、泣いていらっしゃるではと心が痛いです。
今朝のあさイチ(NHK)をみていたら、「進む風化、こどもたちに戦争をどう伝えるか」戦争の特集でした。
イノッチが「想像してみたんです」と今の当たり前の日常が消えてしまうことの恐ろしさを想像して、戦争を起こしてはいけないと思ったと話していました。
イノッチのように「想像すること」って大切ですよね。
番組の中で、子供たちに(小学生から大学生まで)、「今日は何の日か?」を訊ねていました。
小学生の母子にききました。
子供は「知らない」、お母さんは、「8月6日?ハムの日?」
8月9日は長崎の原爆記念日です。「ヤクの日」ではありませんよ、お母さん。
30代のお母さんが、広島原爆記念日を知らない・・・由々しきことだと思います。
だから、長崎で被爆体験の語り部の方に暴言を吐く子供が育ってしまったのだとしみじみ思いました。
私たち大人も、ほとんどが「戦争を知らない子供たち」です。
この歌が生まれたときは、戦争を経験している方が圧倒的に多かったからできた歌です。
69年経った今、「戦争を知らない子供たち」が圧倒的になりました。
そんな私たちが一体何ができるのか、経験のない私たちがどう後世に伝えることができるのか、伝え方を考えなくてはいけない時代に来てしまいました。
学徒動員18歳、現在87歳。17歳の年少消防官86歳・・・。いつまで経験者の声を聴かせていただけるのでしょう。
戦後生まれの私は、食糧難も知りません。父も生きて戻ってきました。
それでも、叔父が南方で戦死し、叔母やいとこの苦労はみてきました。
ついでながら、叔母は一度たりとも靖国神社には行ったことがありません。
アコーディオンを弾きながら、街角のあちらこちらで物乞いをされていた傷痍軍人の方の姿は、目に焼きついています。
友達のお父さんが戦地から帰り、戦後10年近く心を失っていた姿を見てきました。
防空壕も、そこここに残っており、その中で遊んで近所のおじさんにひどく怒られたことがあります。
こんな記憶すら60代までかと思います。
あさイチが取材した2/3の子供たちが8月6日を知りませんでした。
学校では教えていないのでしょうか。家庭ではニュースを見せていないのでしょうか。
伝えていくとことの難しさを感じました。
シナリオでできることが、ここにあると思いました。
「ハムの日」は、あまりに悲しいです。
(写真は、「近藤喜文の仕事」から拝借しました)